僕の特別
一通り済ましそれから間もなくして僕らの前に帝人君と臨也さんが小さなウィンドウに姿を現した。
【ありがとう、二人とも】
『せっかくなんだから二人で楽しんでおいで、俺達も出掛けてくるし適当な時間に帰ってくればいいから』
「ありがとうございます、臨也」
日々也さんは帝人君と臨也さんに礼儀正しくお辞儀をした。
【これ僕のPCなのになんで臨也さんが占領してるんですか】
『いーからいーから。じゃ、またね』
ウィンドウが消えて僕は日々也さんに向き直った。
「なかなか楽しいところだね」
「はい!僕この賑やかな街好きです!他にも噴水広場とか公園とか色々あるんですよ!今から行きましょうか」
「ありがとう。君と一緒に買い物ができてとても楽しい経験をさせてもらったけれど俺は君ともっと話がしたいな」
「お話ですか?」
「せっかく今は二人きりなんだ。俺はもっと君を知りたい」
「僕のことですか、そうですね─」
「一目惚れなんだ」
「え?」
僕は頭の中でリフレインした。一目惚れ、意味は一度見ただけで好きになること。
「君の事」
両手を掴まれてぎゅ、っと握られる。僕は日々也さんを数回瞬きをして見つめ返した。
「それって…」
「好きになってしまったって事」
「僕も日々也さん大好きです!」
嘘じゃない。日々也さんはいい人だ。とっても。
だから僕も素直に自分の気持ちを伝えた。
「でも一番じゃないよね」
「一番?僕は、帝人君も臨也さんもサイケさんも津軽さんもリンダもみーんなみーんな大好きです」
「うーん、これは手強いな」
手強い?
「日々也さん?」
ぱっと掴んでいる手が離されたと思ったら今度は右頬に彼の右手が触れる。
同時に距離も詰められて、正面から抱しめられてしまった。
僕達でも相手の存在を確認し温もりを感じる事も出来る。日々也さんの体温設定は
温かいんだな、密着する体、なんだか僕まで熱くなってきた。あれ、おかしいなこんな風に誰かに影響されることなんて絶対ないはずなのに。
「俺の好きはね特別な好き」
「とく、べつ…?」
好きという気持ちは人間が抱くものだ。好きには色々な意味がある。
相手を気に入ること、心がひかれること。さっきも口にした通り僕はみんなが大好きだ。
じゃあ特別は?
好きに特別なんてあるの?
どうして僕の顔は熱いの?
「顔、赤い」
至近距離で見つめられて、ドキンとないはずの心臓が飛び跳ねた。
「あ、あれな、なんで…?」
なに、これ…、なに…?どうして、顔が熱くなるの?どうしてドキドキするの?
「よかった。俺にも十分チャンスはある」
抱しめられた腕に力が込められた。
「あ、あの…なに、日々也さん…どういう…僕、お、おかしいです…な、なにこれドキドキするんです…!」
「ちっともおかしくないよ。それはとても自然な事だから」
「僕のデータにはこ、こんな感情はプログラムされて、ないです、バクとしか…!」
顔が熱い、ドキドキと心がなっている。離してほしい、でも離れてしまったら少し寂しいなと過る。これがバグ以外のなんだと説明すればいいのだろう!
「だ、だってリンダもサイケさんもスキンシップ激しいですけど、こ、こんな風になったことなんて一度もないです!」
「え…」
一瞬だけ日々也さんは目を見開いて驚いた顔をしたがすぐにそれは頬笑みに変わった。
とてもとても嬉しそうに微笑むから僕まで言葉に詰まってしまう。
「つまりそのドキドキは俺だけに反応するって事だよね?」
「わ、わかりません、他の方々にも試してみないと…」
「駄目だよ」
ぎゅ、っと腰に回されている手が僕を引き寄せて日々也さんの唇が僕のおでこに触れた。
「ひゃあ!!」
びっくりしてまたドキンと心が跳ねる。
「サイケにもリンダ君にも、他の人にも君に触れて欲しくない。俺だけでいい」
「な……え…」
いつもの笑顔は消えていた。とても真剣な眼差しに目眩がしてしまいそうな熱い視線。
逸らすに逸らす事も出来ない瞳。
「ああもう本当に君は可愛いね、りんごのように真っ赤だよ。このまま連れて帰りたい」
「…は、離して下さい!僕本当に変なんですおかしいんです!日々也さん僕に触っちゃだめです!」
「それは聞いてあげられないな」
腕の中から何度逃げようと暴れるが思いのほか力が強くて抜け出す事が出来ない。
彼の手が触れている、僕の腰に彼の体が密着している。そう思ったらますます逃げたい衝動に駆られて必死に暴れるがやはり無駄な結果に終わり、しばらく僕は日々也さんに抱しめられたままだった。
「俺の一番は君だよ、学天君」
耳元で囁かれて届いた彼の音は僕を気絶させてしまいそうでいつまでもいつまでもドキドキしていた。
○月15日水曜日
今日は快晴。降水確率0%
帝人君は学校に行っています。今日はリンダとサイケさんと津軽さんが遊びに来てくれていっぱいお話ししました。みんなとこうしてわいわいお話するのは楽しいです。サイケさんは今日も僕に抱きついてきたりリンダはいきなりタックルしてくるけど、ドキドキしませんでした。顔も熱くなりませんでした。やっぱりあれはバグだったのかな。あれから特に異常はないので帝人君には相談しませんでした。
日々也さんは今日はいません。もう七日と二時間三十五分会っていません。
今度は日々也さんにいつ会えるのかな。
○月19日日曜日
今日は一日中雨。帝人君はお休みなのでお家にいます。
いっぱい帝人君とお話ができました。嬉しかったです。
今日は日々也さんに出会えました。あの日以来です。僕がリンダのマスター正臣君宛のメールをお届けの途中に彼を見かけました。遠くから見ただけでもすごくドキドキしました。またあのドキドキです。治ったと思っていたのに。けれど日々也さんは知らないアバターの人と一緒でした。ピンクのドレスに長いブロンドの髪でとてもかわいいデザインの女の人でした。チクン、と何かが体の奥で音をたてました。
何を話しているんだろう楽しそうです。でも次の瞬間僕は固まってしまいました。
日々也さんが女の人の手を取って、手の甲にキスをしたのです。二人は笑っていました。
ズキン、
僕は戸惑いを隠せなかった。初めて生まれた感情に。どうしたことか立ち止まってしまった足が動かない。日々也さんたちから目が離せない。行きたくない、でもリンダの所へ行くにはあの道を通らなければならない。他にもルートがあるけどそれでは遠回りだ。躊躇している僕を日々也さんは見つけてしまった。
「こんにちは学天君」
「こんにちは日々也さん」
どうして僕の音はこんなにもざわざわしているんだろう。今は日々也さんの顔を見たくない早くこの場所から立ち去りたい、そんな思いが支配していく。お知り合い?と隣で綺麗な女の人は微笑んでいる。声も美しい音をしていて美男美女の二人の姿は絵画のようだ。
時折こちらを通る他のアバター達も一度は二人をちらりと見てはまた通り過ぎる。
「一週間ぶりだね、あれ以来会えなくて寂しかったよ」
本当にそう思ってくれているの?
「僕も寂しかったですよ」
「本当に?嬉しいな、君からそんな言葉が聞けるなんて」