僕の特別
日々也さんは声を弾ませて微笑んでくれる。隣にいた女の人はまるでこの人がこんな性格だとわかっていると言いたいのか誰にでもそうやって甘い言葉を囁くのね、と微笑んで腕を絡めた。日々也さんの腕に。とても綺麗な笑顔で。
「あの、ごめんなさい日々也さん、僕今急いでいるのでこれで」
「ああ、そうなんだ引き留めてすまなかったね」
「いいえ、それでは」
「またね」
僕は小さく彼にお辞儀をすると逃げるように足早にその場を後にした。
寂しい気持ち、とは違う。ううん、確かに寂しい。辛い。
なんで?どうして日々也さんが他の人とお話しているとこんな風に思うの?
これは、なんだろう。浮かんでくるのは日々也さんと楽しそうにお話をしていた女の人。
ああ駄目だ、チクンチクンと胸が痛くなる。あの時のドキドキとは違う、気持ち。
「…………………」
「学天?どうしたんだよ!なんでそんな悲しそうな顔してんだよお前!」
「リ、リンダあ…」
リンダの顔を見た瞬間気が緩んだせいかなんとも情けない声が出た。
「なんだなんだ悩みか?俺に任せろよお前のお悩みなんてこのリンダ様に任せれば即解決だ!」
「本当に?」
「任せろ!」
「う、うん…あのね…おかしいの、僕最初はバグだって思ってた。今でもそう思ってる。ある人の事を考えると胸がいっぱいになるの。あの人に見つめられるとすごくドキドキして今何をしているんだろう、とか会いたいな、とか、あの人は僕を好きだって言ってくれたけど僕もあの人が好きだけど、でもみんなへの好きとあの人の好きとは違うって言われて…でも僕もあの人が好きだけど…苦しいの。僕以外の人とお話しているの見たくないの…なんでかなどうしてかなこれが特別の好きなのかな…う、うう僕も自分で言っててよくわからない………」
「おまえそれ恋煩いだよ」
黙って僕の話を聞いていたリンダはよしよしと僕の頭を撫でた。
「恋、煩い?」
「そうかそうか、ついにお前にも春が来たんだな!好きな奴ができたのか!」
青春だ!と腕を組んでうんうんと納得している。
「で、でも僕…あの人に出会ってまだ間もないのに…あの人の事まだ何も知らないのに……」
何も知らないからこそもっと知りたいと求めているのも事実で。
「恋に時間は関係ない!!会った瞬間からビビビとくるもんだ!」
「リンダにはわかるの?特別な好きの意味」
「当たり前だろ、俺お前より大人だし!なあなあなあ誰だよお前の心を射止めた相手って!」
リンダはとても面白そうに興味津々に僕の顔を覗き込んできた。
「……内緒」
「ええー!!なんだよ気になるじゃん!俺達親友だろ!」
恋煩い、バグじゃなくて恋煩い。特別な好き。
日々也さん、そっと心の中であの人の名前を呼ぶ。ほんわりと胸の奥が温かくなる。
でもさっきの女性と一緒にいた光景を思い出すと胸が痛む。僕、やっぱりどこかおかしいのかな。帰ったら帝人君に診てもらおう。
○月21日火曜日
今日は晴れのち曇り。降水確率は30%
帝人君に診てもらったけど特に異常はないと言われました。
臨也さんと帝人君は最後まで僕の事を気にかけてくれましたが帝人君は臨也さんとお出かけしました。
今日も二人は仲良しです。いつも二人が仲良しだと僕はとっても嬉しいです。二人は僕を子供のようだと可愛がってくれます。でもどうしてだろう、最近はそんな二人が羨ましいと思いました。仲良しなのがとても嬉しい事には変わりはないことなのに……。
それはとても自然な事なんだよ
数日前日々也さんの言葉がずっと頭の中で繰り返される。
忘れられない
忘れることなんてできない
ほら、またドキドキするの
会いたいって思ってしまう
今何をしているの?
今どこにいるの?
人でもない僕のこの気持ちはなんだろう。
ここのところずっとずっと考えているのは日々也さんの事ばかり。
日々也さんは優しい。すごく紳士的で爽やかで、好きだ。
リンダの言っていた通りこれが恋煩いなのだろうか。
でも確かに僕の気持ちはここにある。
僕は日々也さんが好き。
特別な好き。
会いたい、そう思ったらもういても立ってもいられなかった。
僕は日々也さんがいる臨也さんのPCへ足を運んだ。
***
臨也さんのPCに着くなり日々也さんの姿を見つけた僕は彼に駆け寄った。
「あ、あの日々也さん!」
「学天君?どうしたの、珍しいねこんな時間に」
人間の世界で言えば時刻は夜の0時を過ぎた所で日付は22日を迎えていた。
「日々、也さん、今お一人ですか?」
「ああ。サイケは出掛けているからね」
そっか、一人なんだ。だったら今は二人きりなんだ。
「あの、隣座ってもいいですか?」
「どうぞ」
僕は日々也さんの隣に腰を降ろす。ちらりと盗み見た横顔はそこに彼がいると言う事を改めて知り嬉しくなる、と同時にまたあのドキドキが僕の中で音をたてて鳴り始めた。
「学天君?」
「日々也さん、お久しぶり、です」
「うん、そうだね。あれから丁度二日会っていなかったからね」
「はい、会いたかったです」
「俺も会いたかったよ」
たった二日間会っていなかっただけなのにそれがとても長い長い時間のように感じてしまう。今までそんな風に時間の流れを気にして過ごしたことなんて一度もなかったのに。
二人の間に沈黙が流れる。なんだろう、この感じ。初めてだ。人の言葉を借りるならこれが気まずい空気というものだろうか。帝人君が居たらそんな風に言われちゃうかな。心配されちゃうかな。
「ねえ、今日はいつまでここにいてくれるのかな?」
「…いつでも、大丈夫ですよ」
「本当に?」
「だって僕、日々也さんに会いたくて来たんですから」
「嬉しいな、とても嬉しいよ。今日はたくさん君と話ができる。君を一人占めできる」
ぎゅ、っと左手を握られて僕の心はドキンと飛び跳ねた。こうして僕達は他愛もない話を続けるが僕の心はここにあらずだ。繋がれたままの手が温かいと感じる。僕よりも一回り大きい彼の手。男の人だと実感させらるしっかりとした手だ。一応僕だって男モデルなんだけどな。日々也さんがサイケさんと臨也さんの話を始める。僕は耳を傾ける。それは指と指が自然と絡んで、解きたいとは思わなかった。
けれどそわそわする、ドキドキする、なんだか落ち着かない。
「…どうしたの?俺の話つまらない?」
「え!ち、違いますよ…!そんな事、そんな事絶対にないです!」
「そうかな、なんだか元気がないように見えたから」
「…その、なんだか落ち着かなくて」
「俺と一緒にいるからかな」
僕は小さく頷いた。
「…日々也さんは僕の事一番好きだと言ってくれました」
「うん」
「僕も、日々也さんが好きです」
「うん」
「…多分、特別な意味で」
日々也さんは目を見開いてとてもとても驚いた顔をされた。彼がこんな表情をするのは初めて見た。
「…その、あの、ですね─」
僕は思い切って伝えることを決心した。ここ数日間の出来事を正直に。
ドキドキすること。頭の中はいつも日々也さんの事ばかり考えていること。
会いたくて会いたくて堪らなくなってしまったこと。
…恋煩いをしていること。全部全部。
「……日々也さん?」