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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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その夜は泣いていた

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 だらりと投げ出された榛名の腕の先、手のひらが握ったり開かれてたりしている。時折何かを探すようにして指先が床を這っていた。秋丸はため息をもらした。元バッテリーを組んでいたからとか、そういうことは関係がなく、どこか放っておけないところが榛名にはある。
 先ほど今更だ、と 秋丸は言ったが、今更だからこそ割り切って会えるということもるかも知れない。あれから4年も経ったのだ。榛名も昔のままの榛名ではなく、阿部だってそう だろう。
「ん」
 秋丸が差し出した手を、榛名はアルコールに溶けたぼんやりとした色で見返した。
「携帯、出せよ。電話してやるから」
「でんわ……だれに?」
「タカヤに決まってるだろ。一応、駄目もとで聞くだけ聞いてみよう」
 相手にとっては迷惑以外なにものでもないだろうけど。秋丸は心の中だけでそう続けた。
 榛名は一瞬ぱっと明るい顔をしたが、すぐにまた眉を下げた。
「つながんないかも」
「…あれからかけたん?」
 榛名はふるふると首を振った。
「じゃあ番号変えてるかどうかわかんねえじゃん」
「……シニアん時は、勝手に変えられてたし」
「あー……」
 確かに、高校で再会するまでの間にタカヤはそれまでと携帯の番号を変えていた。高二の春、いくら探しても新入生の中にタカヤの姿を見出せなかった榛名が、怒りにまかせて電話をした時、その番号は既に不通となっていたのだ。電話の向こうから無機質な女性の応答メッセージが聞こえてくる。
 榛名の第一声は「はあ?」であり、続いて乱暴な仕草で通話を切ると、「もう、あいつなんか知らねー!」と叫んで携帯を放り投げた。
床を転がった携帯電話には大きな擦り傷がついたが、普段からの乱暴な扱いで、その黒いボディには既に山ほど傷が入ってる。携帯電話など、使えればいい程度にしか考えていない榛名にとっては、それぐらいの傷はどうでもいいことなのだ。
 榛名がつむじを曲げたまま動こうとしないので、仕方なしに秋丸が腰をあげるはめになる。教室の隅まで転がった携帯電話は、角のところが塗装が剥げて、下の素材がむき出しになっている。それを拾い上げながら、秋丸はなぜかタカヤのことを思った。
 タカヤに対しても、そうだったのだろうか。傷が入ったとしても、使えるのならばそれでいいと。
 けれども、ひとつ違う点があるとすれば、榛名は投げ出した電話は拾いに行かなくとも、タカヤのことは拾い上げようとしたということだった。
 その証拠に、二年の春大会の時、榛名は三塁側スタンドにいたタカヤをひと目で見つけてみせた。普段は観客のことなど気にしたこともないくせに、タカヤが 観戦に来ると知っていたわけでもないくせに、榛名は間違えずに見つけた。まるで、そうなるのが当然だったように用意された再会だった。
「ともかく、かけてみよう」
 秋丸は根気強くそう呼びかけた。榛名は酔っている。それでも、四年ぶりにその口から彼の名が出たことは、何か意味があるはずだった。
 榛名はぎゅっと眉を寄せて難しい顔を作ったあと、ふいと顔をそむけた。そのついでに、ごろりと寝返りを打つ。それから、億劫そうな身振りで自分のジーンズの後ろのポケットを指差した。
 どうやら先ほどまでは下敷きにして寝転がっていたらしい。相変わらず、扱いが粗雑だ。秋丸は榛名の後ろポケットから携帯を取り出すと、アドレス帳をスクロールさせ始めた。
「……タカヤが二つあるけど、どっち?」
「あ?」
 タ行の欄には「タカヤ」と「タカヤ2」がある。榛名はああ、と息を漏らした。
「……2の方。そうじゃないのは、家電の番号。最初あいつ、ケータイ持ってなかったし」
 榛名の言う「最初」はおそらくシニアで出会ったばかりのことなのだろう。その時から、もう十年近い時が経って、二人は近づいたり離れたりしながら、今またこうして榛名は手を伸ばそうとしているのだ、と考えると不思議な気がした。
「なんでひとつにまとめちゃわないんだよ」
「うっせーな。よくわかんねーし、めんどくせー」
 まあ、いいけどさ、と呟き「タカヤ2」の番号へと発信する秋丸に背を向けて、榛名はごく小さな声で、タカヤと同じこと言ってんじゃねーよ、とひとりごちる。
 それを耳にした秋丸は、急に、なんとしてもタカヤに会わせてやりたい、それが無理だとしても、せめて声を聞かせるくらいは、と強く思った。
 コールは長く長く鳴り響いた。
―タカヤ、榛名が呼んでいるよ。
 秋丸は辛抱強く待ち続けた。もう取る気はないのではないかと思わせるほどの時間を置いて、ようやくプツリとコールが切れた。小さなノイズのあとに、電波にのって相手側の空気の音がうっすらと聞こえる。
「……はい」
 静かな声だった。さぐるような、訝しむような、諦めたような声で、タカヤは電話に出た。
「急にごめんね、今大丈夫かな?」
「はい……。あの」
「前にちょっとだけ会ったことあるかな。高校の頃に榛名とバッテリー組んでた秋丸です。榛名が今つぶれちゃってるんで、代わりにかけてます」
 タカヤが一瞬息を呑んだ気配がした。
「元希さん、大丈夫なんですか?」
「ああ、ただの飲みすぎだから気にしなくていいよ。それより、困ったことがあってさ」
 秋丸は、タカヤが榛名を気遣う台詞を言ったのを意外に思い、それからうれしく感じた。社交辞令の範囲だとしても、榛名を心配する気持ちがタカヤには残っているのだ。
 榛名はまた眠くなってきているようだった。肩が規則正しいリズムを刻んで上下している。
「タカヤに迎えに来て欲しいって、だだこねてるんだよ、榛名が。本当にしょうがないよな」
「え……」
「もちろん、急にそんなことを言われても困るだろうって思うよ。でもこのままじゃこいつ梃子でも動きそうにないんだ」
 相手の心がわずかに動いているらしいことを、聞こえてきた声から推し量って、秋丸はたたみかけた。
「それで、悪いんだけどタカヤの口から直接言ってやってくれないかな。駄目だってはっきり分かれば榛名も納得するだろうし」
 そんな簡単にはいかないことは重々知っていながら、秋丸はしらばっくてそう言った。電話に出たが最後、榛名は持ち出したわがままをひっこめることはないだろう。それなり以上に榛名と付き合いのあったタカヤが、それを分かっていないはずがない。それでもなお、電話に出てくれるというならば、望みがあるということだ。
 タカヤは長く沈黙していたが、ようやく開いた口から出たのは秋丸の予想とは違う言葉だった。