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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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その夜は泣いていた

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「動けないんですか」
「あ? 榛名?」
「はい」
「うーん、まあ、引っ張って立たせれば歩けないこともないけど。タクシー呼んで連れて帰るしかないだろうねえ」
 かすかに苛立つような舌打ちが聞こえる。無理もない、と秋丸は思った。とっくに縁を切ったはずのかつての先輩で、ただの先輩というだけではなかった相手から、数年の時を越えて厄介ごとをふっかけられているのだから。
 これは、駄目かな、と秋丸が思った時だった。
「どこにいるんですか?」
タカヤはそう言った。
「え?」
 一瞬言われた意味が分からずに、秋丸は戸惑った。少し遅れて、ようやく理解が追いついて言葉を返す。
「でも、埼玉だよ? 武蔵野の先輩の結婚式で帰ってきてるんだ」
「店の場所教えてください」
 迷わないタカヤの声に押されて大体の場所と店名を告げると、タカヤはすぐに言った。
「二十分くらいで着きますから、元希さんはその辺に転がしといてください」
 じゃあ、と続けて通話は途切れた。秋丸は携帯電話を握ったまま、しばしぼうっとしてしまう。駄目もとで、などと言っていたが、秋丸は九割方、駄目のつもりでかけていた。けれども、これは、つまり。
「おい」
 いつの間にか、榛名が起き上がってこちらを見ていた。どうだった、と目で問いかけてくるのに、秋丸はようやくのことで口を開く。
「なんか、来てくれる、みたい?」


 店の入り口で、榛名と秋丸は待っていた。秋も終わりに近づいた季節で、外は随分と肌寒かった。冷えていく指先をこすり合わせて、目の前の道路を見つめる。
「……ほんとに来ると思う?」
 ぼそりと秋丸が尋ねると、路面に座り込んだ低い位置から声が返ってくる。
「シラネ。聞いたのは秋丸だろ」
「そうだけど」
 すこしは酔いが覚めたのだろう。榛名の声は先ほどまでと比べて幾分くっきりと聞こえた。その声がやや小さく、でも、と続ける。
「タカヤは、嘘つかねー」
 それは事実なのだろうと秋丸は思う。中学の頃からことあるごとに聞かされてきたタカヤの人となりを思えば、榛名の言葉に間違いはないと言えた。けれども、今の榛名が口にすると、それは祈りにも似て思えて、どこかわびしかった。
 秋丸は壁に寄りかかったまま、榛名のつむじを見下ろした。
「なあ」
 あー? 、と億劫げな声が返ってくる。聞くべきではないと思いながら、秋丸は尋ねた。
「なんで今更なんだよ」
 プロになってからの榛名は多忙で、過去のことなど振り返る余裕もなかっただろうと思う。それでも時折会った時に、どこか淋しげに見えることがあった。目が、手が、全身が、何かを追いかけているようにもどかしげだった。
 四年という月日は短いとは言えない。その中で、榛名はいっそ頑ななほどにタカヤの名を呼ぶ事はなかったというのに、なぜ今更、と思うのは当然の疑問だった。
 上から頭を見ているだけでは、榛名の表情はわからない。 秋丸は、今榛名がどういう顔をして、何を考えているのか、分からなかった。
「……結婚式だっただろ」
 不機嫌な口調で榛名は答えた。
「は? そうだね」
「だから」
 それだけ言うと口を閉じてしまった。結婚式だったから、会いたくなった。それが榛名の答えらしい。意味が分からなくて、秋丸は重ねて問うた。
「なんでだよ」
 榛名は舌打ちした。しっつけーな、と吐き捨てて、それから怒ったような声音で言った。
「だから! 俺とかお前とか、結婚するかもしんねーだろ! タカヤもそうなんか、って思ったら嫌だったんだよ!」
 それきりもう本当に榛名は黙ってしまう。秋丸は、なんとも言えない心地になった。
「お前ね」
 続ける言葉を見つけられない。いや、本当は、お前ね、まだ全然好きなんじゃないか、と言いたかった。榛名、お前まだタカヤに惚れてるのかと。けれどもそれを言ってしまうのは、あまりにむごい気がして、秋丸にはできなかった。
 榛名の邪魔なほどに大きな体が頼りなく見えるなんて、どうかしている。しかし、それも榛名がずっと欠けたままなのだと考えれば、当然のことにも思えた。榛名にはタカヤが欠けている。
 道の向こうから二つの白い明かりが見えて、榛名が腰を浮かせかける。タカヤかと期待させたその明かりは、スピードに乗ったまま通り過ぎてしまった。
「だったらさ」
 ああ、これは聞いてはいけないな、と思いながら、秋丸は止められなかった。ずっと知りたいことでもあったからだ。
「なんで別れたんだよ、タカヤと」
 榛名はぴくりと一度肩を揺らして、そのまま沈黙した。
 本当に、なぜなのだろうと思う。あの当時の榛名とタカヤが不仲だったようにはとても見えなかった。榛名が高校を卒業する時に別れたのだと後に聞くまで、秋丸は知らなかったくらいだ。
 榛名は答えず、ただ前を見つめていた。冴えた冷たさが頬に染み込んでくる。その空気を照らし出すヘッドライトが遠くから近づいてきて、二人の体を舐めた。夜の中では黒に近く見える深い紺色の車体が、ゆっくりとスピードを落として路肩で止まる。
 ぼんやりとその一連の動きを眺めていると、やがて扉が開いて一人の男が姿を現した。砂色のダウンジャケットを羽織ったその男は、こちらの姿を見とがめると、軽い足音を立てて向かってくる。
 タカヤだった。秋丸の記憶にある姿よりもぐっと大人びているが、それでも見ればすぐに分かるほどには、タカヤのままだった。
 駆け寄ってはきたものの、タカヤはなんと言っていいかわからない様子で立ち止まっていた。榛名は座り込んだまま顔だけを上げて、ただタカヤを見つめている。しばしの逡巡ののちに、タカヤはゆっくりと口を開いた。
「なんでこんなになるまで飲んだんですか」
 それは、昔によく榛名が生意気だ生意気だと言っていたタカヤの口調そのものだった。
「プロなら自己管理くらいちゃんとしてください」
 まるで四年前に時を巻き戻したかのように、自然に吐き出された声は、かすかに怒りを滲ませている。会うなり、しかりつけられて、榛名はつむじを曲げてしまったらしかった。不機嫌な声で、うっせえなあ、と唸る。
「俺のキャッチでもないくせに」
 口に出したあと、わずかに息を呑む音が聞こえた。言ってしまった、と後悔する音だ。タカヤはほんの一瞬だけ惑う様子を見せたが、すぐに静かな表情になって言った。
「うるさくしますよ。俺は、榛名元希のファンなんだから」
 その声には確かに尊敬と憧憬が含まれていて、タカヤの言葉に偽りはないのだろうと思えた。しかし同時に、榛名の欲しい答えではないだろうということも、秋丸には分かってしまった。
「あのさ」
 声を上げると、タカヤは秋丸へと向き直って、どうもと軽く会釈をした。
「来てくれてありがとう。ごめんね、急に電話して」
「ああ、いえ……」
「それにしても随分早かったね? 確か、今は東京の方に住んでるんじゃなかったっけ?」
「今、丁度就活で帰って来てたんで……」
 タカヤの言葉の何に反応したのか、榛名が小さく身じろぎする。秋丸はそれを視界の隅にいれながら会話を続けた。