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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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その夜は泣いていた

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「……おまえ、免許もってたのかよ」
 タカヤは眠っていると思っていた男が急に口を開いたので、少し驚いたらしかった。そのせいか、微妙にずれた返答をする。
「ペーパーじゃないから、安心してください」
「そんなに、乗ってんの」
「部活の移動の時とか、便利ですからね」
 交代で運転するんです、と続けて、タカヤは右折するためにハンドルを切る。手馴れた仕草だった。
 榛名はふうん、と鼻を鳴らしてそれを眺める。ふと、ハンドルを握るタカヤの左手に視線が吸い寄せられた。薬指の付け根に近い部分にうっすらと残る痕がある。横一文字に走った線。
 それを見た途端、脳裏にぱっとタカヤの顔が浮かんだ。今横にいる男のものではない、まだ幼い、少年の頃の顔だ。土に汚れた練習着を着て榛名の隣にいる。そのタカヤが口を開く。
「え?」
 榛名の問いかけが耳に入らなかったようだ。仕方がないので、榛名はもう一度繰り返してやった。
「それ、どーしたんだよ」
 指の、と手で示しながら言うと、ようやく理解したらしかった。ああ、と頷いて言葉を返す。
「なんか、フェンスにひっかけちゃったみたいで」
 タカヤはまだ血のにじむ赤い傷跡をぺろりと舐めた。
「ベンチの裏んとこです。元希さんも気をつけてくださいね」
「俺は、そんなヘマしねーよ」
 鈍くさくねーもん、と榛名が言うと、タカヤは、はいはい、と答えて、そうですねと笑った。
 それからタカヤはグローブを付け始めたので、その傷は隠れてしまう。それきり、榛名は傷のことは忘れていた。
 そう、そんなすぐに忘れてしまったような傷だのに、十年近い時を越えてもまだ跡を残しているのが榛名には不服だった。
 タカヤの体に、あの頃榛名が刻んだ 痣はもうない。それは高校の頃に確かめて知っている。榛名に残せなかったものを、つまらない針金の先端は残せたという事実は胸をもやもやとさせるのに十分 だった。
「ここを左でしたっけ」
 隣から声が聞こえて、榛名の意識はぐんと現実に引き寄せられた。
「起こしてすみません。次の信号は左でいいんですよね」
言われてフロントガラス越しの景色を見ると、もう榛名の実家までほど近い距離に来ていた。
 急に、だめだ、と榛名は思った。家についたら、終わってしまうではないか。タカヤと、もういられなくなるではないか。やっと会えたのに。
「……タカヤんちが、いー」
「は?」
「タカヤんちがいい。連れてけ」
 何を言っているんだという顔でタカヤはこちらを見ていた。
「酔ってるんですね」
「酔ってねー」
「酔ってるならなおさら自分の家でゆっくりした方がいいですよ」
「ってねーつってんだろ。タカヤんち行くったら行くんだよ」
 榛名は言い張った。自分にわがままが許されるのは分かっている。酔っ払いとは無茶を言うものだからだ。
「俺んち、親いるんすけど」
「おー」
「この時間だと、もう寝てるし」
「朝んなったら謝る」
「元希さん寝るとこないですよ」
「床でいー」
 今は、とにかく離れたくなかった。めちゃくちゃだと分かっているが、榛名の家で下ろされるのは、何か見捨てられるような心地がして嫌なのだ。とても承服できない。
 タカヤは盛大にため息をついた。
「床でいい訳ないでしょ」
 信号が青になる。榛名はハンドルに置かれたタカヤの手を見つめた。薬指の傷が目に入る。その傷は、どちらに進むか迷ったまま、右にも左にも倒れられないでいる。
 せかすように後続車がクラクションを鳴らした。その音でタカヤは決めたらしかった。ハンドルをぎゅっと握りなおして、アクセルを踏む。それから、ハンドルを切った。
 車体は軽く傾いで右折する。榛名は知らず詰めていた息を吐き出した。
「……二個目」
「あ?」
「今ので二つめですからね、今日わがまま聞いたの」
 前を向いたままタカヤはそう言った。ああ、と頷き、榛名も答えて言う。
「二度あることは三度あるって」
「仏の顔も三度、でしょ」
「じゃあ、あと一回いいんだ。わがまま言っても」
「聞きませんよ、もう」
 どうということもない、他愛のない言葉のやり取りが、無性にうれしかった。今タカヤは隣にいて、タカヤの匂いをかいで、声が聞けて、そういう以前は当たり前だったことを感じられることが、胸苦しいほどにうれしかった。
 じゃあ、なんで別れたんだよ。
 問いかける友人の声が頭の中でこだまする。車体の揺れに、榛名の脳はゆったりと揺さぶられていた。記憶の景色が近づき、現実と溶け合って、意識が過去と今を行き来する。落ちていくまぶたの隙間から榛名はタカヤの横顔を眺めた。
 なあ、お前だったら、なんて答える。
 問いは声にならずに口の中で消えたので、タカヤに届くことはない。
あの時秋丸に問われて榛名は答えらしい答えを返すことが出来なかった。ただ、真剣だった、と思った。自分もタカヤも、馬鹿みたいに真剣だった。馬鹿みたいに真剣に別れを決めたのだ。
 車は夜の中をタカヤの家へと向かって進んでいた。


 日の落ちた小さな公園を、四隅に設けられた街灯が薄く照らしていた。身につけた制服の白いシャツが明かりを受けてぼうと光る。
 聞こえてくるのは虫の音と向かいの通りを時折行き過ぎていく車の音くらいなもので、あたりは静けさに包まれていた。もう時刻は二十二時を過ぎている。普段であれば、こんな時間に待ち合わせることはそうそうないのだが、今日は榛名が強いてタカヤを誘って、夜間練習のあとに呼びつけたのだった。
「いーもん見せてやる」
 そう言いながら、榛名はごそごそとバッグの中をかき回した。中は練習着やタオルやグラブやらで雑然としているが、目的のものは練習のあとに一番最後に突っ込んだので、すぐに見つかった。
 榛名はそれを握って一旦後ろ手に隠す。阿部は一体何が始まるのかと困惑した表情で榛名を見つめていた。その視線に、榛名の胸は自然と高鳴る。
 これを見た時、タカヤはどんな表情をするだろう?
 想像すると、すぐにでも見せて反応を伺いたい気もしたし、あまりに簡単に見せてしまうのは勿体無いという気もした。けれども、結局は誘惑に抗えずに、榛名はタカヤに聞いていた。
「タカヤ、これ見たい?」
「見たいも何も、それが何か分かんないんですけど」
 タカヤは相変わらず、すぐに屁理屈を言う、と榛名は思った。榛名が聞きたい返事はひとつだけなのだから、それを言えばいいのだ。
「な、見たい? 見たいだろ?」
 重ねてたずねると、タカヤは、はああっと大きな息を吐いた。
「見たい。すっげえ見てえ。元希さん、見せてください」
 今ひとつ感情がこもっていないような気もするが、そんなことはどうでもいい。タカヤの言葉を受けて、榛名は満足げに頷いた。