その夜は泣いていた
目が覚めたとき、榛名はまず、裸で自分がタカヤを抱きしめているという事態に、仰天した。
え、え、と驚いて慌てる榛名に、先に目覚めていたらしいタカヤがおはようございます、と告げる。
「え、寝た?」
もしかして、俺ら。
動揺する榛名に、タカヤは吹き出して、それから、下、履いてるでしょ、と指摘する。言われてみれば確かにそうで、更に言うならタカヤは上も下もきっちり着ていた。
最初の驚きがおさまってくると、じわりじわりと昨日の記憶がよみがえってくる。大のおとながあんなに大泣きしてしまったのだと思えば恥ずかしかったし、そこまでして吐露した榛名の言葉に、結局タカヤからは何も返答をもらえなかったのだ、と思えば胸が痛んだ。いたたまれす、榛名は枕に頭をすりつける。
「あの」
タカヤが口を開いた。
「朝ごはん、食べますよね」
「あ? ああ」
「じゃあ、そろそろ起きないと……。あの、母さんたちにこれ、見られても、困るし」
言われて榛名はまだ自分がタカヤに腕を回したままだったことに気がついた。
「あー……、悪ィ」
離れがたさを感じながら、榛名は腕を引いた。
もしかしたら、これが最後なんかな、と思う。酔いにまかせたとはいえ、榛名の気持ちは全て伝えた。答えがないのが答えだ、などと思いたくはないが、ぬくもりを手離す覚悟をしなければならないのかもしれなかった。
「……着替え、とってきますね」
昨日のシャツ、乾燥機に放り込んでおいたから、着て帰れます、と言ってタカヤは部屋を出て行った。
榛名はもう一度枕に顔をすり寄せながら、涙にやられた頬が痛い、と思った。
着替えを終えて階下に降り、挨拶をする榛名を阿部の両親は手放しで歓迎した。突然夜中に押しかけた非礼を詫びる榛名に、阿部の母は、そんなことはいいのよ、それにしても懐かしいわねえ、いつもテレビで見ているけれど、こうして会うと、やっぱり懐かしいって思うわ、と笑った。
朝食の席では、阿部の父が昔と変わらぬ調子で野球談義を持ちかけてきた。榛名の投球に関しても、なかなか手痛い意見を言われ、それを阿部の母がいさめ、阿部は要所要所でやはり遠慮のない言葉をぶつけてきた。
弟のシュンがいないことを尋ねれば、彼もまた大学に進学して今は寮生活なのだという。榛名の知るシュンは、兄と比べるせいもあっていつもどこか幼さを感じさせたが、そのシュンが大学生になったのだと聞けば、時が経ったのだと改めて実感させられた。
和やかな朝食の時間が終わり、榛名は阿部の家を辞することにした。阿部の両親には、もう少しゆっくりしていっても、と引きとめられたが、練習があるのでと答えるとそれ以上強いては言われなかった。
代わりに、これだけは、とでも言うように阿部の父が告げた。
「タカ、元希くんを送っていってあげなさい」
すぐに阿部の母が賛同の声をあげ、阿部もうなずいた。榛名は、もう少しだけ阿部といる時間が延びて、うれしいと思えばいいのか、むなしいと思うべきなのか、分からなかった。