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歓喜と狂気

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あれから数年、僕の組織の扉を開いた青年。
黒一色な服装に、どこぞの葬式かとちゃかす側近達を視線で黙らせる。
僕が待ち望んだ僕の駒が今目の前にあるのに、その逢瀬を邪魔するなんて無粋の何ものでもないでしょう。

「こんにちは竜ヶ峰、帝人君」

見覚えのある赤い瞳に、小綺麗な顔。僕は心の奥底で笑うもう1人の『私』に蓋をして、微笑んでみせる。

「こんにちは、坊や」

青年は優雅に足音を感じさせない足取りで僕の前まで来ると、紙を差し出してきた。
A4の紙切れ。けれど、それが契約書だと言うことはその紙に描かれている文様で分かった。
僕がその紙を取ろうとした瞬間、ナイフが僕の首筋に当てられる。僕の側近達がどよめき、抜刀しだすもの銃口を向けるものが出た。
僕はそれらを片手で制すると、目の前の青年に笑いかける。

「何のマネです?」

「やっとやっと、ここまで来たんだよ」

青年はうっとりと呟きながら僕を見つめてくる。その恍惚とした表情に僕は腹の底がかっと熱くなるほどの感情を抱いた。
この青年はあれからずっと僕を渇望し続けたのだろう。
それがとても楽しくて楽しくて、同時に面倒だと思った。
ここまでの執着を見せてくれたことにとても歓喜しているのに、ねっとりとうざったいくらいの感情を押しつけられて面倒だと思うのだ。
この相反する、他の人間から壊れているとか言われている感情は僕が僕である証拠。
楽しくてしょうがないのに同時にどうでも良いと思ってしまうのだ。
さて、この青年は僕をずっと楽しませることが出来るのかな。
僕はナイフが首筋に当たっているにもかかわらず、手を組みその上に顎を置いた。
青年はきょとんとして、更に僕の首筋にナイフを近づけてきた。ぷち、という肉が切れた音が僕の耳朶を刺す。
周囲が更にどよめき、側近達の怒気がひしひしと伝わってくる。この空気が心地よい。
僕は薄く微笑むと、目の前の青年に声をかけた。

「君はいったいここに何をしに来たの?」

「君に会いに」

「ふーん。でももうあったよね。これで満足?」

「するわけないだろ」

「だよねー」

僕はくすくすと嗤う。青年はさらに怪訝な顔をした。僕は紙切れを持ってその内容、主に彼の書かれている名前を見る。
別に紙に書かれている内容なんて反吐が出るほどどれも同じで、つまらない。
昔四木とかに、人の首一つでここに入れるとかしたらどうだと提案したらそく却下された。
人を殺してまでここに入りたいと望むんですよ?これ以上の忠誠などないでしょうに。まったく。
昔のことをねちねち言うのは僕らしくないので言葉には言いませんけどね。
そして僕はこの目の前の青年の名前を認識した。面白い名前だ。まさに、この男にぴったりではないか。

「折原臨也、君か」

彼の肩がぴくと跳ねた。その顔が何故か苦痛に歪むようにぐしゃりと潰れた。
僕は腹の底から笑いが漏れる。それを必死に隠そうとするから腹筋が痛い。
この青年は僕に名前を呼んでもらっただけで歓喜しているのだ。これほど他人の心に僕が進入しているなんて!

「ねぇ、坊や」

だったら僕は敢て君の名前を呼んだりしない。だってすぐに褒美を上げるなんてつまらない。
途端に顔色を無くし無表情になる彼。けれども首に当たっているナイフに力が込められ、ぽたぽたと血が流れ出した。あぁ、怒ったんだね。
側近達もそろそろ限界かな。ガチガチと抜刀の体勢で震えているから剣が鳴っているし、銃口を向けている奴らも照準が折原君の頭から微動だにしていない。
僕はしょうがない、とここでかたをつけようか、と思った。そして組んでいた手をゆっくりと離し、折原君に嗤いかける。
次の瞬間、彼にはいったい何が起ったのか分からなかったのだろう。驚愕に目を見開いて僕を見つめている。
僕は目にもとまらぬ(と言われている)瞬発で机を飛び越え彼の首を押さえつけて、床に押し倒したのだ。

作品名:歓喜と狂気 作家名:霜月(しー)