歓喜と狂気
「坊や、よくここまで来たよ。それは褒めてあげる。たったあの一回会っただけで僕を渇望してくれたのも正直言って嬉しかった。
助けたかいがあったって思ったよ。もちろん僕は君があの時の君だって理解してるし覚えているよ?」
折原君の顔が驚愕から泣き出しそうな顔へと変化していく。
「それに『オリハライザヤ』ってあの新宿の情報屋で名前を売っている子だろう?ふふ、あぁ、僕が知らないとでも思ったの?
それくらい、知ってたよ。君の服そうって独特だし、その顔も一般じゃそうそう見られないほど綺麗だからね」
彼は首を押えられていて苦しいだろうに、うっとりと笑った。そして僕の首を掴んでいる手に己の手を合わせて、よかったと呟く。
僕はこてりと小首を傾げた。何がよかったのだろう?
「よかった・・・名前知ってたんだ。俺ね帝人君に会いたくて会いたくて、ここにいるって事は結構前から知ってたんだ。
でも、その時の俺じゃぁきっと君は相手をしてくれないって思った。色々聞いたからね君のこと。
だから俺の名前が君の耳にまで届くほど有名になったらって決めてたんだ。そろそろいいかなって思って。
だから知っていてもらえて良かった」
そうやって本当に嬉しそうに笑う折原君に僕は嘲笑うのと同時に愛おしいとも思った。
「そう、・・・そんなに嬉しいんだ」
「うん、だって君の噂を聞く度に俺はもっともっとって思った。もっと有名に。新宿と聞くだけで俺の名前が連想されるくらいにまで」
彼の言う僕の評判など、池袋に巣くう頭のイカレタ童顔とか、人の力を凌駕した化け物とかだろう。
それのどれもが当てはまり、どれも当てはまらない。
池袋に住んでいるのは当たっているし童顔(認めたくはない)だけれど、僕は道徳を忘れたわけじゃない。
お年寄りが困っていたら手を貸せるし、募金活動だってする。ただ、頭の悪い連中には厳しいだけだ。
化け物というのも当たってはいるのかもしれないが人の力を凌駕したとは思っていない。
人が驚くほどの脚力のおかげでほんの少し瞬発力が良いだけ。ビルを飛び越えられるのはパルクールのおかげで。
もちろん銃弾で打たれれば死ぬし、首斬られ胴断たれれば僕だって死ぬ。人間の理からなんら抜け出していないんだ。
まぁ、そんな感じな噂なのだろうけれど、この情報屋が聞いた僕の事というのにも興味がある。
だからその興味が指し示すままに僕は折原君に問うた。
「たとえば?」
「何が?」
「たとえば、どんな僕に関する噂を聞いたの?」
折原君は僕の歪んだ笑みに気が付いたのか、口角を上げてそうだね、と呟きながらその悠長な口ぶりで話してくれた。
「まぁ、世間一般に言われていたのがイカレタ童顔とか化け物とかだけど」
「まぁ、そうだろうね。それがよく言われる事だよ」
「でも俺はそれが当たっているようで当たっていないと思ったんだ」
僕はこの時初めてこの青年に驚かされた。僕と同じ事を考えている人間がここにいたなんて。
あの四木でさえ、僕の噂は僕を如実に表しているとさえ言っていたのに。
「ふ・・・ふはっあははははっ!面白いことを言うね!ふふ、で?君は私のことをどう思ったのです?」
いつの間にかもう1人の『私』が顔を現していたが、それをきにする事もない。
だってこんな楽しい駒に仮面の『僕』では失礼だろうから。
彼は僕の頬に手を当て、片方のての人差し指を己の唇に当てた。
そして声を発することなく、その唇だけを動かす。
「 」
にやっと笑ったその顔に僕の胸がぐしゃぐしゃにかき乱されて、歓喜と狂気のファンファーレを鳴らす。
僕はそのまま彼に顔を近づけて、彼にしか聞こえない言葉で囁いた。
「 」
そして身体を起こし、にっこりと笑いかける。
「ようこそ折原君。僕のダラーズへ!」