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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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夏残

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 勝手な言い分だ。呂佳が桐青高校に進んだのも、滝井が美丞で野球を続けたのも、どちらも自分のためにやったことで、関係などない。ここでなじられるいわれなどないはずだった。
 けれども、中学生のころ何度も高校の部活を見に行ったことや、一緒に桐青高校で甲子園に行こうと笑いあったこと、滝井が肩を壊してそれが駄目になって、代わりに三年の夏大会で対戦しようと約束したこと、自分が情けなく負けたせいでそれが果たせなかったことを思えば、呂佳の心もうずくのだ。
「俺は」
 続く言葉を発せられずに、呂佳は口の中にたまっていた唾液を嚥下する。ただそれだけのことがひどく重苦しい。唾はねっとりと喉とその奥に続く器官に絡みつくようにして降りていった。
 俺はもう野球はしない、関わる気もない。いっそ、勘弁してくれ、といいたい気持ちだった。苦痛なのだ。野球をするのも見るのも、心がいちいち引き攣れるのも、全部嫌だった。
 しかし、呂佳がもう一度唇を開く前に、滝井が言った。
「お前が必要だと思うんだ」
 だから頼む、と頭をさげる。深く身を折ったせいで、滝井の日焼けした首の後ろまで見えた。チャンスマーチを奏でるトランペットの音色が高らかに鳴り響いている。その音とまるで喧嘩をしているかのように、必死に蝉が鳴いていた。
 自分は頷くのだろうか、と呂佳は思った。しょうがないなという顔をして、お前には借りがあるから、なんてもったいをつけて了承するのだろうか。お前が必要なんだ、と言った滝井の言葉は、呂佳には違う風に聞えていたというのに。
 中天から降り注ぐ陽光にじりじりと焼かれているのを感じながら、呂佳は滝井に顔を上げるよう告げた。返す答えはもう決まっていた。
 呂佳には、滝井の言葉が、お前に必要なんだ、と聞えた。お前に野球が必要なのだと。

 グラウンドからロッカールームへ続く道の片隅で、呂佳は目的の人物を待っていた。先ほどから練習を終えて帰宅する子どもたちが、ちらちらと呂佳に目をやっては通り過ぎていく。迎えの父兄でもなく、チームメイトでもない人間がそこにいるのが不思議なのだろう。
 ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯が震えた。取り出して見てみると、サブディスプレイには滝井からのメールの着信を告げる文字が映し出されている。
「スカウト、どうだった?」
 メールの文面はそれだけ。普段であれば、呂佳が報告する前から滝井が結果を催促することはないが、今回は少し違うようだった。
 来年からのチームで滝井が一番気にかけているのが投手層の薄さで、その補強のためにも、今回のスカウトは是が非でも成功させたい、らしい。ここに来る前に会った滝井の真剣な表情を思い出す。
 滝井は榛名獲得へかける熱い思いをせつせつと語っていた。呂佳がそれにふーんだとか、へえだとかの実に気持ちのこもらない相づちを打つと、滝井は大きな息を吐いた。
「俺が行きたいくらいだよ」
 呂佳はニカリと笑った。
「おお、そうしろそうしろ! 俺は暑い中わざわざ生意気な中坊のツラ拝みにいかなくていーし、おめーも自分の気持ちぶつけられるし、最高じゃん」
「それが出来ないからお前に頼んでるんだろー。高校の監督が直接スカウトするのはダメなんだって」
「まだ監督じゃないじゃん」
「いんや。こういうのはケジメが大事なんだ」
 生真面目な表情で滝井はそう言った。きっと、こういうところが今の監督に後任を託された理由でもあるのだろう。滝井は野球に対して、野球をしている人間に対して、野球という世界に対して、バカ正直なといってもいいような真面目さがある。
 それが滝井の美点であると知ってはいるが、時々ひどく煩わしく感じる。毎日のように有望な中学生のスカウトのためにあちこち足を運ばされている今は特にそう思えた。
 不機嫌な表情で黙りこんでしまった呂佳に、滝井は苦笑いを浮かべた。
「そんな顔すんなって」
「俺はいつもこんなだよ」
「嘘つけ。呂佳が拗ねるとすぐわかるぞ」
「拗ねてねえ」
 呂佳は机の上に置かれたレポート用紙の束を眺めた。滝井がかき集めた、ブロック内の有力選手の情報がそこには記されている。本気でなければ出来ないことだ。
「手伝うつったからな。やるよ」
 正直面倒なことを引き受けてしまったと思っているが、ここで降りる気もなかった。呂佳の言葉に滝井は満足そうに頷いた。
「おう。悪いな。頼む」
「成果は約束しねーぞ」
「笑顔で行けよ、笑顔で」
 最後に念押しのようにくりかえす滝井の言葉に、呂佳はへーへーと生返事をして、電車に乗った。
 大きな手には不似合いにも見える小ぶりの携帯電話をいじくって、滝井へメールの返信をしていると、道の先から怒鳴り声のようなものが聞こえて呂佳は顔を上げた。

 ロッカールームから飛び出してきたのは、小柄な少年で、それを追いかけるようにして扉から姿を表したのが、呂佳が待ち望んだ人物だった。
「ついて来ないでください!」
「はあ? 何言ってんの? オメーが勝手に俺の前歩いてるだけだろ」
「じゃあ、先に行ってくださいよ」
「やーだよ。何で俺がお前の言うこと聞かなきゃいけねえんだよ。今日はちっこいタカヤくんの後ろ歩きたい気分なの」
 ぎゃあぎゃあとわめきながら二人の少年が近づいてくる。タカヤと呼ばれた少年は、怒りにか頬を染め、ずんずんと大股で歩を進めている。
「なあなあタカヤ」
「……」
「お前さー、歩くの遅くね? 俺すぐ追いついちゃうんだけど」
「…………!」
「あ、それお前早歩きだったの。気がつかなかったー、何でだろーな?」
「…………」
「はい、クイズー! タカヤが早歩きで俺が普通なのに速さ変わんないのはなぜでしょう」
「……………………」
「ちっちっちっちっち、ブー! はい、時間切れ~。答えは俺の足が長いからでしたー!」
「あーもう、うっせえなあ!」
 ついに、といった様子で堪えきれなくなったタカヤが振り返り、またそこで二人の喧嘩が始まった。しばらくはその様子を見守っていた呂佳だったが、いっこうに終わりそうもない言い争いにしびれを切らして割って入ることにした。
「あの、榛名元希くん、だよね」
 そこで二人は、初めて呂佳の存在に気がついた、という顔をした。
「ああ? 誰アンタ」
 榛名は遠慮ない視線でじろりと呂佳を一瞥する。その横で、タカヤの方が、あっと何かに気がついて声を上げた。
「監督の言ってた人ですか? 元希さんに何か話があるって」
「はあー? 何ソレ、俺聞いてねーんだけど」
「言ってましたよ。つーか、自分が聞いてないのを偉そうに言わないで下さい。監督の話くらいちゃんと聞いて下さい」
 ぽんぽんと飛び出す言葉に、榛名はぎゅっと眉を吊り上げて怒鳴った。
「うるっせーなー、お前はほんとに! 覚えてねーもんはしょーがねーだろ!」
 その声は結構な大声だったので、普通であればびくついてしまいそうなものだったが、タカヤは慣れているのかどうか、ちょっとため息をついただけで聞き流している。
「はいはい。じゃあうるさい俺はお先に失礼します。お疲れっした」
「あっ、ちょ! てめえ!」
作品名:夏残 作家名:玉木 たまえ