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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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それが愛の言葉

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 ああ、こいつの場合はベンキョーに逃げるのか。なるほどな、健全で、結構なことで。
 いかにも素直に、真っ当に育ってきた男らしい選択だと呂佳は感じた。そんな後輩だから、美丞大狭山高校のコーチとして、呂佳が倉田に指示していたようなプレイが許せないのだろう。
 西浦との一戦を終えて、今日はますます練習にも力が入っていた。中でも倉田の表情は他と比べて一際厳しく研ぎ澄まされている。
 ラフプレイを続けるくらいなら野球をやめる、とまで言った倉田の心境は呂佳には理解できなかった。それが、「野球」の範囲に収まっている限り、どんなことをしてでも勝つべきだ、と思う。それをしないのは、あの心ごと真っ暗に塗りつぶされる怖さをしらないからだろう。
 けれども、倉田をただ馬鹿だと切り捨てることは、今の呂佳には難しくなっていた。野球が好きだと言ったその同じ口で、二度とボールには触れないと続けた倉田の、震えていた肩が視界に焼きついている。こちらを睨み上げた目は真剣だった。
「コーチ!」
 ベンチの前で休憩をしていたメンバーたちが呼ぶ声が聞こえて、呂佳は顔を上げた。丁度、グラウンドへの放水が終わったところだったので、ホースを巻き取りながら呂佳はベンチへと向かう。
「ケータイ、鳴ってますよ!」
 言われて、置きっ放しにしていたそれに目をやれば、着信を告げるランプが点滅していた。手にとって開く呂佳を、興味津々、といった体で生徒たちが見守る。
「彼女?」
「彼女っすか!」
「まじで?」
「紹介してください、コーチ!」
 勝手に盛り上がり始めるのを制するように、呂佳は手を振った。
「おめーらみてーなクソガキの面倒みるんで忙しくて女なんか作ってる暇ねーよ」
 呂佳の言葉に、ひっでえと返して皆いっせいに笑い出した。けたけたと無邪気な笑い声の中で、呂佳の眉間には皺がよる。
 届いていたのは、後輩からの呼び出しメールだった。


 練習を終えて、夜食を作って、ミーティングをして、とこなすうちに時刻は22時を回っていた。疲れた体をバイクに乗せてたどり着いたのは、住宅街の中の小さな児童公園だった。
「あ、お疲れス」
 公園入り口の車止めに腰かけていた和己は、呂佳の姿を目にすると立ち上がって一礼した。呂佳は邪魔にならない場所にバイクを停めて、口を開く。
「おまえな、あれ、やめろよ」
「あれ?」
「メール。『今晩、会いたいです』ってどこの恋人同士のメールだよ」
「あー、ははは」
「はははじゃねえだろ」
「スンマセン、今度から気をつけます」
 おう、と頷いたあとで、呂佳は少し笑った。今度から、などと言ってもそうそう次があるとは思えなかったからだ。
「で、何」
 疲れてっし、早く帰りてーんだけど。呂佳がそう続けると、和己は頷いた。
「そんなに時間取るつもりはないっす。とりあえず、座りません?」
「座るって、どこに」
 狭い公園にはベンチのひとつもなかった。
「……ブランコとか?」
 筋肉ダルマの男二人が夜中に並んでブランコを漕いでいる様を思わず想像してしまって、呂佳はげえっとうめいた。
「俺とお前がブランコは、ホラーだ。つうか、あんな小さいのに尻入んねーだろ」
「ま、そうっすね。じゃあここで」
 和己は先ほどまで自分が体を預けていた車止めを指差した。丁度いいことに、二つある。二人は斜交いに体をむき合わせて腰を下ろした。
 しんとした沈黙が落ちる。しばらくお互いに口を開かない時間が過ぎて、やがて和己がぽつりと言葉を漏らした。
「今日、部活、見に行ったんス」
 へー、と呂佳は気の抜けた相づちを返した。それはまた、利央が大喜びしただろうな。和さん和さんとまとわりつく姿が目に浮かぶようだ。
「夏大の試合終わってから、一度も顔出してなかったんスけど」
「利央に聞いた」
 呂佳の言葉に和己は苦笑いを浮かべる。
「利央は呂佳さん大好きですからね」
 なんでもしゃべっちゃうんだから、と和己は続けた。
 なんだそれ、利央が好きなのはお前の方だろう、と呂佳は思った。第一、自分は利央に懐かれるようなことはしていないし、仮にされてもうっとうしいだけだ。
「で?」
 早いところ話を終わらせたくて、呂佳は先を促した。
「それで何。楽しく部活してきましたって報告かよ」
 そういうのは学校の先生にでもしとけ。なぜ和己がわざわざ自分にそんなことを言ってくるのか。呂佳には分からなかった。
「楽しくはないスよ」
 和己の声は静かだった。
「楽しいよりは、しんどい、とかつらい、とかの方があってます。ボールに触れただけで、自分でもわかんねえような気持ちがどっさり襲ってくるし」
 覚えのある感覚が、呂佳の体によみがえってくる。ぞろりと腹の底で黒い塊がうごめくような気がした。
「おかしいスよね。ちょっと前まで、そこにいるのが当たり前だったのに、今日は俺こんなとこで何やってんだ、って思うし」
 グラウンドが怖い、と思うことがあるなんて、と和己は続けた。
「呂佳さんの気持ちが初めてちゃんと分かった気がしました」
 そこまで言うと、和己は一旦口を閉ざした。両手を組んで、その中の空間に視線を落としている。毎日毎日、来る日も来る日もその手の中にボールをおさめてきた。革のにおいが染み付き、硬球によく馴染む硬い指先が、これまでの練習を優に物語っていた。
 不意に、和己が顔を上げて笑う。
「利央が野球始めた理由、知ってますか」
「あ?」
 突然切り替わった話題についていけずに呂佳は目を丸くした。和己はそれを面白そうに見ている。
「しらねーよ。あいつ、何かっつうと俺の真似してたらから、野球もそうなんじゃね」
 4つ違いの弟は、何をするにも呂佳について来たがった。もっとも、遊ぶのにチビ相手では物足りないので、呂佳が相手をしてやることはそうなかったのだけれども。
「近いけど、違います。正解は、野球ににいちゃんを取られたから、です」
「はあ?」
「呂佳さんが野球始めたのって、小学生の頃でしょ。それまで、なんだかんだ言いながら構ってくれてたのに、野球はじめてから全然遊んでくれなくなったって。それで、野球からにいちゃんを取り返すんだー、って思ったのがきっかけらしいスよ」
 呂佳は思わず脱力してしまう。
「アホか……」
「まあ、最初はそんなんだったけど、やってるうちに純粋に野球が面白くなったって言ってましたけどね」
 和己は呂佳を見て笑った。その笑みが、奇妙に柔らかいものだったので、呂佳は落ち着かない心地になる。
「にいちゃんがあんなに夢中になるのもわかる、って思ったらしいスよ」
 呂佳は、思わず息を呑んだ。
「俺、今日部活行って、すげえしんどかったんスけど、分かったこともあるんです」
 和己は静かな声で言った。
「自分は、野球、やめないんだなって。痛くてもつらくても、またこのグラウンドに、何度でも戻ってくるんだな、って」
 今すぐは、まだちょっとキツいですけど、と和己は続けた。
 一瞬、周りの景色が消えて、呂佳の網膜には青空が映った。青空と、土の上にくっきりと差した影と、滴り落ちる汗をぬぐう自分。それに背を向けたのは、もう二年も昔のことなのに、嫌になるほど鮮明に思い出された。
作品名:それが愛の言葉 作家名:玉木 たまえ