二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

かげしるべ

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 榛名が振りかぶる動きは、いつもよりもゆったりとしていた。一つ一つの筋肉の働きを確かめるような慎重さがそこにはある。
 けれども、リリースの瞬間、眼差しが射るように鋭く変化した。突き刺すような強い視線は、ミットに飛び込んでくる白球の力強さと重なり、タカヤへと襲いかかる。射殺そうとしているのだ、榛名は。投げ込まれる一球は、全力投球には程遠いけれども、まるきり、獲物をしとめる時の強さと同じ衝撃をタカヤに与えた。
 周囲のざわめきを切って、白球はタカヤのミットに届いた。タカヤも、今は先ほどの榛名の言葉に頷かずにはいられなかった。榛名が投げる気になっているのなら、自分は防具を忘れてきてはいけなかったのだ。ミットを一つ叩いて、大きく構えると、タカヤは言った。
「かまいません、元希さん」
 そのまま投げていい、と伸ばした左手で伝える。榛名は、はあ?、と呆れた声をあげた。
「何言ってんだ」
「あんたが外さなきゃいい。それにオレは、どんな球でも、捕ります」
 タカヤの言いようが気に入らなかったのか、榛名は鋭く舌打ちをした。帽子を脱いで頭を振り、またかぶり直す。その間も、構えた腕をぴくりとも動かさないタカヤに、榛名はようやく向き直った。
 榛名の目は先ほどと同じように見えた。タカヤは、緊張を体にみなぎらせて、その球を待つ。
 と、その時、急に榛名が振りかぶった腕を下ろして、ぽいと軽くボールを放ってよこした。
「ばーーーーーーーーーーーか」
 それだけ言い投げて、榛名は背を向けた。球場の壁面に沿って置いていたバッグを肩にかけると、もうここには用はないとばかりに、すたすたと歩いていく。
「ちょっと……!」
 タカヤは慌てて追いかけた。走りながら自分のバッグをひっつかんで、その中へとミットを押し込む。榛名に追いついて、一体どうしたって言うんですか、と声をかけると、榛名はもう一度、バカ、と言った。
 それ以上はもう何も言うつもりはないらしい。むっつりと唇を引き結んでいる。タカヤには、榛名に馬鹿だなどと言われる理由が思い当たらなかった。それで、朝の不機嫌の虫がまたぞろ戻ってきたのだろうと、そんな風に考え、つられたように自分も苛立ちの思いに包まれた。

 始球式へ向かう榛名とは、入場ゲート前で分かれた。試合開始の時間は、もうすぐそこまで迫っている。タカヤは、逸る気持ちのままに入場券を買い求め、観客席へと駆け出した。
 スタンドは、観戦に来ている高校球児たちや、保護者たちでぎっしりと埋まっている。タカヤは、バックネット裏で座席を探したが、なかなか空いている所が見つからない。そうこうするうちに、両校の選手が整列を始めた。慌てて、通路脇の邪魔にならないあたりに居場所を定めてバッグを下ろし、グラウンドを見下ろした。
「試合に先立ちまして、戸田北リトルシニア三年生、榛名元希くんによる、始球式を行います」
 ウグイス嬢の独特のイントネーションに乗せて、榛名の名前が呼ばれた。それを耳にした時、タカヤの体に、ぞくぞくするような興奮と、緊張が走った。自分のことでもないのに、心臓の鼓動が速まっていく。
 一塁側のゲートから、榛名がマウンドに駆け足で向かっていった。このグラウンドの中では、榛名だけが異分子なのだ。試合をする選手でも、チームを導く監督でも、それを判定する審判でもない。
 それだというのに、どうしたことだろう。マウンドに立った榛名は、いつも通りの榛名だった。そこは借り物の場所のはずなのに、変わらず王のままだった。
 太陽は中天をいくらか過ぎたあたりにあり、榛名の足元に小さくて濃い影を落としている。日の光の白さと、その地面が焼き焦がされたような影の強い色が、タカヤの目を刺した。ひどくまぶしい。けれども、どれほど目が痛くても、まぶたを閉じるという考えは、タカヤにはまるで思い浮かばなかった。 
 榛名が振りかぶり、一球を投じる。その、ただひと息分の間に、どっと汗が吹き出した。脇のあたりがじわりと湿り、少し遅れて、額から、つうと雫が肌をすべり落ちていった。
 吸い込まれるように白球がミットに飛び込んでいった音の後、それまでてんでばらばらにざわめいていた観客席が、ひとつの大きな感嘆の息を漏らした。
 榛名の球は、全力のそれではなかったが、この少年がどこか特別なところがあると感じさせるのには、十分なものだった。白い回転の、美しいストレートだった。
 先攻チームの一番打者のバットは、ボールの軌道よりも下を通り、ゆっくりとしたスイングで弧を描いていった。
 榛名は、投手だ、とタカヤは強く思った。投手で、生まれながらのエースで、王様なのだ。
 そんなことは、知っている。ずっと前から知っている。だからこそたまらなく焦がれ、チームのエースに、タカヤのエースになって欲しいと、追い求めたのだ。
 今はそれが、タカヤには与えられないものだと、もうすっかり分かっている。タカヤだって、本当にチームに加わる気のないエースなどお断りだ。あんな自分勝手な投手などいらない。そう思っている。
 それにしても、とタカヤは思った。あのマウンドの上にいる投手という生き物は、なんときれいなのだろう、と。

 始まったばかりの試合の行方が気にはなったが、タカヤは一旦球場を出て、榛名がやってくるのを待った。タカヤがかなり急いで来たせいもあるが、榛名はなかなか姿を表さなかった。
 球場の外にいても、アナウンスや歓声、打球音は耳に届き、タカヤの体をうずかせた。そこに野球があるのに、見ないでいられるわけがないのだ。
 アナウンスによれば、もう2回の表になるらしい。先ほど、ヒッティングマーチが演奏されていたから、もしかしたらもう後攻のチームが先取点をあげたのだろうか。
 タカヤは何度もゲートの奥を見やり、ようやく通路の先に榛名の姿を見つけた時は、ほとんど走りださんばかりだった。
 お疲れさまでした、と開きかけたタカヤの口は、榛名の大きなため息にさえぎられた。
「あーーー、ウッゼエ!」
 思わず、ぱちくりとまばたきをするタカヤの前で、榛名は勢い込んで続けた。
「話長っげえっての! 投げるの終わったんだからさっさと帰らせろよ、あのクソジジイ」
「くそじじい……て、誰なんですか?」
「知らネエ。なんかの偉いひと。オレを指名したのもそいつだとさ」
「ああ、それで、呼び止められて話してたんですか。どうりで遅いと思った」
「おー。さっさと帰ンぞ」
 榛名は、いかにも大仕事を終えたといった体で、首を鳴らしながら、球場を離れようとする。タカヤは慌てて呼び止めた。
「ちょ、待ってください! 試合、見ないんですか?」
「あー?」
「せっかく来てるんだから、見ていきましょうよ」
 監督からも、始球式が終わったら、高校生の試合を見て勉強してきなさい、と言われている。榛名の付き添いなんて面倒な役を引き受けたのだから、その位の楽しみはあっていいはずだ、とタカヤは思った。
 しかし、榛名の返事はあっさりしたものだった。
「オリャ疲れたの。帰るったら、帰るぞ」
作品名:かげしるべ 作家名:玉木 たまえ