For Letter Words
三通目のロシアからの手紙を、イギリスは今か今かと待ち構えた。ロシアからの返信は、輸送の関係もあるが、何よりロシアの手が遅いので、なかなか届かない。三通目は、イギリスの出した返信から実に二ヶ月も後に届いた。
前夜に飲み過ぎて、二日酔いの気だるく遅い朝を寝室で過ごしていると、件の小間使いが銀盆に他の郵便物と新聞とを一緒にして、届けてくれた。特に濃く淹れたダージリンを、ミルクも入れずに飲みながら、イギリスはロシアからの返信の封筒を見つけてニヤリ、と口元を上げた。ロシアがどんな返事を送って来たか、楽しみだった。
自分を焦らすようにゆっくりと封を開け、中から便箋を取り出す。まるで壊れものを扱うように、畳まれた便箋をそっと開く。そして一目視線を落として、イギリスは爆笑した。爆笑した途端に、二日酔いの頭が錐を刺したようにずきずき痛んで悶え苦しんだものの、口に刻んだ笑いは消せなかった。
書き出しはDearではなくToで始まっていたが、紛れもなく英語の文面だ。
「苦労した甲斐があったぜ……! 畜生!」
如何にも書き慣れない様子の活字体で書かれた、つたない英語の文面を、イギリスは目を細めて眺めた。フランスかアメリカか、或いはロシア本人がこの場にいれば、その緩んでトロけきっただらしない顔に、さぞや盛大に眉を潜めただろうが、生憎現在、イギリスは一人きり、ベッドの中で二日酔いを満喫中であった。
まだ十月の半ばだというのに、ロシアではもう雪が降っているらしく、時候の挨拶は、子供のように素直に「今朝、早く、雪が降りました、とうとう。」と始まっている。今朝の早く、なのか時節が早い雪なのか、ちょっと判別が着かない。
「何々、寒くなってきました。冬のコートを……えーと、出してきた、か。綴り間違ってんじゃねえか」
にやにやと採点しながら、一つ一つ解読していく作業が、楽しくてたまらない。
「姉? 妹? まあ良い。姉妹が、ベリージャムを作る、とても美味しい、か。畜生、羨ましくなんかねぇからな! 庭の花が枯れる、寂しい、だと。あれ結構寒さには強いんだが……あっちはそんなに寒いのかよ」
一頻り時候の挨拶が終わると、今度はイギリスの努力を素直に褒めていて、驚いた。何かケチを付けてくるだろう、と身構えていたのだ。何だよ、あいつもなかなかじゃねえか、と呟いて二枚目をめくった途端、今度は一気に渋面を作る羽目になった。
二枚目には、前回イギリスが途轍もない苦労をして、ロシア語で出した手紙の文面の、正誤表になっていた。ご丁寧に「君の努力に敬意を表し」とそこだけは完璧な英語が、流麗に筆記体で綴られている。さっきの慣れない活字体は、そうなると本当に慣れていないのか、わざとなのか、判断に苦しむところだ。
否、きっとここだけ何度も練習したのに違いない、と思い直して、正誤表に目を落とす。綴りの誤り、ロシア独特のアルファベットの書き間違い、文法などが丁寧に、それはもうクソ丁寧に指摘されていた。
畜生、やられた、と舌打ちを繰り返したが、ふと、イギリスの手紙を脇に置いて、じっくり眺めながらこの表を綴ったロシアの姿を想像し、案外悪くない、と思い直す。きっと今、イギリスがしているように、ロシアも一語一語、舐めるが如くイギリスの書簡を読み込んだに違いない。
そして、イギリスが前回慣れないロシア語に苦しんだように、ロシアもまた、慣れない英語に四苦八苦しながらこの書面を認めたに違いないと想像すると、今すぐセントピーターズバーグ――ロシア語で言うところのペテルスブルクへ向かって行きたくなった。向かってどうする訳ではない。別に抱きしめてやったりはしないが、しかし、そうして欲しいとロシアが頼むなら、イギリスも吝かではないし、握手ぐらいなら求められれば簡単に応じてやってもいい。
そして三枚目をめくると、そこには一枚目同様のつたない文章で、愛の告白のような文章が書かれていた。
「君が考えている時間、僕のこと、……、嬉しい、うん、ん?」
語順がバラバラなので読み辛いが、要は「君が僕のことを考えている時間を嬉しく思う」と言うことなのだろうと見当を付ける。寧ろ、それ以外の解釈など許さないと思った。三枚目の文章はその一文と、また結びの一文だけだったが、充分に思えた。
寝台の中でイギリスは、相変わらず頭痛は酷いし胃もむかついたが、心だけはうきうきとして、手紙を掲げたまま右に左に寝返りを打ち、不気味な含み笑いを漏らしたのだった。
作品名:For Letter Words 作家名:東一口