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For Letter Words

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 四通目のロシアからの手紙は、更に三ヶ月近くを待たねばならなかったが、イギリスには全く苦にならなかった。一ヶ月前に実際に会うことができたからだ。
 年明けの行事がひと段落した頃、ロシアが一人でひっそりとイギリスの私邸を訪れた。勿論、イギリスが招き寄せたのだ。僅か一週間足らずの滞在だったが、珍しく喧嘩もせず、庭や植物の話を中心に有意義と言える時間を過ごすことができたと思っている。庭や植物について、ロシアはイギリスの想像以上の熱心さを有していた。
 ロシアからの四通目は、ロンドンでは珍しい大雪と共にやってきた。まるでロシアからの手紙が、雪を連れてやってきたように思えた。
 四通目には、先日の訪問と滞在に対する礼と、その滞在が如何に楽しかったかが、跳ねるような筆跡で綴られていた。滞在中、お互いに教えあって練習したので、ロシアの英語はなかなか上達している。もう読み進めるのに苦労はない。それが少し残念に感じられて、イギリスは自分自身に驚いた。
 時候の挨拶も無く、いきなり「こないだはお招きを有り難う!」と始まるその文章は、便箋四枚にも及んでいて、日頃皮肉な笑みばかり刻むイギリスの口元を、ごく自然に、やわらかく微笑ませた。こう言う無条件の思慕が、信頼が、冷たくなりがちな心を暖めてくれる気がする。相手があのロシア帝国であることさえ、うっかりすると忘れそうだ。
「ははっ。他愛ない奴だな」
 口ではそう言いながらも、イギリスは一ヶ月前にはすぐ側にあった、体温の低い、すべすべとやわらかなロシアの声を思い出して、それが今は遠く離れていることを、耐え難いように感じた。
 過敏な知覚を持て余しながら五枚目を繰ると、文面も綴りもがらりと雰囲気を変えていた。跳ねるような、と言うよりは書き殴ったような、乱暴な筆跡と内容は、今のイギリスの心と全く同調していた。余白の目立つ五枚目の最後には、悲鳴のように「これ以上手紙なんて書いていられない!!」と走り書きされて、終わっていた。挨拶は愚か、サインも日付もない。
 イギリスは思わずその手紙の紙面を、自分の顔に押しつけた。少しでもそこにロシアの残り香がないかと、深呼吸する。こんなに素直に、まっすぐな思慕の感情をぶつけられたのは久しぶりだ。
 頑なで堅い、ロシアの防壁の内側は、実際に覗いて触れてみれば、酷くやわからく、他の欧州の基準から言えば相当初心でさえある。言い換えれば、田舎臭い純粋さだ。それはロシア自身が恐れられる一面でもあるが、発露の仕方が違えば、こんなに愛おしく感じられるものなのかと、イギリスは何度もロシアの手紙を読み返した。
 そして書斎の引き出しからとっておきの便箋とペンを取り出すと、早速その気持ちに応えるべく、一気呵成に返信を書き上げ、その日のうちに自分でポストマンに手渡した。それから人気の無くなった夕方過ぎ、イギリスは真っ暗な庭でひっそりと小さな雪人形を二体、作り上げた。



 五通目の返信は、思いがけず早く来た。二週間と三日。これまでの最速である。もっと後になるだろうと思って、のんびり構えていたイギリスは、嬉しい誤算に小躍りした。
 ほくほくしながら分厚い封筒を受け取る。だいぶんと書き慣れた宛名は、まだイギリスの上流社会では通用しないが、まずまずの出来だ。封筒の中には、今回も五枚の便箋が封入されていた。
 時候の挨拶が復活しているのを見て、ちょっと落ち着いたのかと残念に思う。セントピーターズバーグが一面雪で覆われて憂鬱だと、ロシアは溜息を零すように書き連ねている。音も光も夜も昼も、全て厚い雪の中に閉じこめられて、と直裁にものを言うロシアにしては詩的な表現を用いて、その情景を切々と訴えてくる。冬の時期が白や灰色の、無彩色で塗り潰されるのはロンドンも同じくだが、どうやらあちらはロンドンの比ではないようだ。
 二枚目をめくると、そこには文章ではなく絵が描かれていた。戯画化された小さなロシアが雪だるまと並んでぽつんと立っている。笑ってはいるが、どことなく寂しそうな雰囲気に、イギリスは眉を潜めた。なまじ便箋が白地なので、一層寂しげだ。
 胸を痛くしながら三枚目をめくると、二枚目の落書きを詫びた後で、雪が溶けたらまた訪ねても良いかと言うようなことを、えらく回りくどい、遠慮がちな言い回しで尋ねていた。それが先日イギリスがロシアに教えた英語の表現の仕方であるのに気づいて、イギリスは激しく後悔した。こんな卑屈な使い方をさせるつもりでは、断じてない。
 四枚目には、三枚目までの色を打ち消すように近況が綴られていたが、どう読んでも無理をしているように読めて、終わりまで読み終える前には、イギリスは近々のセントピーターズバーグ行きの意志を固めた。妙に鯱張った文字と言葉遣いで描写されたロシアの日常を、どうにかしてぶち壊してやりたくなった。
 五枚目に来ると力尽きたのか、一見してやる気のない手跡で儀礼的に、「貴国と貴君の発展」が祈られ、その下に大きなインクの染みと共にサインがなされている。サインの前に、何かを書き足そうとして暫く躊躇ったようにも見えた。追伸にロシアが何を書こうとしたのか、しかしイギリスにはどうでも良いように思えた。今重要なのは、一刻も早くロシアに会いに行くことだ。
 それでもいつもの便箋を取り出すと、イギリスはロシアへの返事を綴るために机に向かったが、手にしたペンは、親愛なるロシア帝国、と書き出したまま、長い間インク壷の縁で留まっていた。
作品名:For Letter Words 作家名:東一口