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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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あのひと(前)

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相手チームの攻撃、ランナー一、三塁の場面で、一死。2点差とはいえ、まだ回が中盤だということを考えれば、バント、スクイズも十分にありうる。ただ、打席に立ったのは今日当たっている三番なので、ヒッティングの可能性も高いだろう。榛名に要求する球は、野手のシフトは、今榛名は何球目だ、考える事は山ほどあった。
 だからだろうか。榛名がセットポジションを取り、投球動作に入ったその時、阿部は自分でも不思議としか思えないのだが、ぷつりと集中が途切れてしまった。榛名の球は気を抜いて受けられるようなものではない。あ、と思う間に目の前に到達し、阿部は受け損ねてミットでボールを弾いた。
「……っ!」
 慌てて後ろに逸れたボールを追いかける。とっさにミットを傾けたおかげで、あまり遠くには行っていない。けれども、その間に三塁ランナーがホームを目指して駆け込んできていた。阿部は必死でボールを握りなおし、ブロック体勢を取ってランナーを待ち構える。
 衝撃はすぐにやってきた。走ってきたスピードそのままにぶつかってきたランナーの勢いを受け止めきれず、阿部は吹っ飛ばされてごろごろと大きく転がった。
 結局、走者のホームインが認められて、その回に1点を失った。その後なんとか後続を打ち取って最小失点で抑えたが、阿部は悔しくてならない。試合中に集中力を失って後逸しまったこともだし、ブロックしきれずに失点を許してしまったことも、悔やまれて仕方がなかった。
 阿部はベンチ内でチームメイトたちに頭を下げて謝った。気にするな、とか、まだ1点差あるし、とか、優しい言葉が返ってくるのがかえって居心地が悪い。先ほどのは、完全に阿部のミスだった、と思う。自身の不甲斐なさに唇を噛んでいると、ふと視線が榛名とぶつかった。榛名は、阿部を見て意地の悪い笑みを浮かべる。
「試合中に寝てんなよ」
「……寝てません」
「じゃあなんだよ、さっきの。目ェ開けてんのにパスボールなんかすんなよな」
 阿部には返す言葉がなかった。せっかく、練習して練習して榛名の球をこぼさず捕れるようになったというのに、こんなことでミスをしてしまっては意味がない。
「すみませんでした」
 阿部は再び頭を下げたが、榛名はその話にはもう興味を失ってしまったようだった。そんなことより、と話し始める。
「お前、ちいせえちいせえって思ってたけど、やっぱ体重も軽いな! 何キロだよ? さっきのランナー、そんなゴツイやつじゃないぜ」
 三塁ランナーは三年生で阿部よりも年上であったが、体格そのものはそれほど差はない相手だった。にも関わらず、本塁を守れなかったのは、阿部のブロックの技術が未熟である面もあるが、単純にウェイトが足りないのも大きな理由だろう。
 榛名は、何でもない顔をして、ちゃんと飯食ってんのかよ、などと言う。阿部はその榛名の体を見つめた。恵まれた体躯に、綺麗についた筋肉。プロの選手とは勿論比べるべくもないが、中学3年生としては水準以上であるのは間違いない。
 阿部はいつも榛名を見上げているのだ。マウンドでも、マウンド以外の場所でも。
「キャッチがどっしり構えてねえと投げづれェよなあ」
 ぐさりと胸にささるようなことを、榛名は軽い口調で言った。思わず険しい表情になる阿部を気にした様子もなく、榛名は更に続けて言って、笑った。
「早くおっきくなれよ、タカヤ」

 急に黙り込んでしまった阿部を、三橋がじっと見つめていた。その視線に気がついて、阿部は、ワリ、と短く詫びる。三橋はぶんぶんと首を振ってから言った。
「オレ、いっぱい食べるよ! そいで、いっぱい動いて、大きくなる!」
「おう、頼むぜ」
 俺も頑張っから、と続けると、三橋はうん、と笑って頷いた。くっきりした笑顔に、やはりまだ慣れずに少し動揺してしまう。
―お前、投手をなんだと思ってんの?
 父に言われた言葉を阿部は思い出していた。あの時はまだ、自分たちの関係に違和感を覚えながらも、それが最善の方法だと信じていた。三橋を言うなりにさせて、阿部が全てを背負うのが三橋を勝たせるために一番いいのだと、思っていた。
 けれども、それが間違いであったと、あの試合を通して気づかされた。俺は、この三橋の笑顔をいらないって言っていたも同然だったんだな、と阿部は思う。投手と友達になる必要はない。その考えは、今も変わらないが、もし三橋の笑顔を見られないままだったら、それは随分味気ないだろう、とも思った。
 三橋は、阿部に誉められたようでうれしかったらしい。うひ、と独特の声を漏らして喜んでいる。
「は、榛名サンくらいになれるかなっ!」
「あ?」
 三橋が挙げた名前に、阿部は反射的に顔をしかめた。
「……お前はほんとに榛名がスキだな」
「榛名さん、おっきくて、強そうで、か、かっこいい!」
 目をキラキラさせて三橋は言う。三橋が榛名に憧れていることは知っている。武蔵野第一と浦和総合の試合で見た榛名の投球がよほど印象的だったらしい。抽選会で遭遇した時だって、榛名に、お互いがんばろう、などと言われたと言って喜んでいた。
 三橋は榛名をいい人だと言ったが、阿部にはとてもそう思えなかった。榛名の性格からすれば、もし三橋が自分と競うに相応しい投手だと思ったならば、頑張ろう、なんて口にはしないだろう。ライバルと見なした相手には、きっと、あの食らいつくような獰猛な目をして、不敵に笑うはずだ。
 榛名の言葉は、三橋を格下だと見なしたからこそ出たものだ、と阿部は思う。それがたまらなく悔しい。三橋の努力も、すごさも何もしらないくせに、と思う。
「お前さ、榛名に憧れんのはいーけど、変な風に見習ったりするなよ。お前と榛名じゃ、タイプ違いすぎんだからさ」
 投手としても、人間としても、三橋と榛名では全く違う。三橋は前々から速い球を投げたいと言っている。そんな三橋が、典型的な豪速球投手の榛名に憧れるのは無理はない、と阿部は思う。阿部だって、三橋が投げたいと言うのなら、できることなら速い球を投げさせてやりたい。三橋はきっと喜ぶだろうから。
 けれども、三橋がどれだけ努力したとしても、榛名のような速球を手に入れることはないだろう。努力でどうこうできる問題ではない部分がある。厳しいけれども、現実だ。
 でも、と阿部は思う。速い球が投げられないからって、三橋が駄目なピッチャーだなんてことは、全くない。三橋には、榛名にも、他の高校のどんな投手たちにも負けない部分が沢山ある。それを、色んなやつらに見せつけてやりたいし、何より三橋自身に分かって欲しい、と阿部は強く思っていた。
「榛名なんかより、お前のがいい投手だって、俺は思ってるぜ」
 阿部は三橋をまっすぐ見つめてそう言った。三橋は目を大きく見開いている。薄い茶色の虹彩が感情の波を表すように少しだけ震えていた。
「あ……りがとう」
 かすれた声でそう応える三橋に、阿部は、きちんと伝わっただろうか、と思う。三橋のありがとう、は実はなかなか言葉通りに受け取ってはいけないのだと、近頃ようやく分かってきた。ありがとうと言ってもらえるのはうれしいが、それよりも三橋が自分の努力を認めて、自信を持ってくれる方が、阿部にはうれしい。
作品名:あのひと(前) 作家名:玉木 たまえ