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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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あのひと(後)

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 阿部は随分抵抗したが、榛名は阿部の様子になどまるで頓着しないようだった。武蔵野第一の仲間たちの前まで来ると、ぺこんと頭を下げて言う。
「すんません、待たせてしまって」
 榛名の声には後輩らしい素直な響きがあり、阿部は意外なものを耳にした、という驚きで目を丸くする。考えてみれば、榛名がシニアに入ってきた頃には、当時の三年生はほとんど引退しており、阿部は榛名が先輩に接する時の態度というものを見たことがないのだった。記憶にある限り、奔放で横柄な口を利いていた男が、大人しく後輩をやっている姿を目にするのは、どこかむずがゆい感覚を阿部に起こさせた。
「全くだよ。ほんと榛名は団体行動ができねえなあ」
「っていうか、その子、誰?」
 尋ねられ、榛名は阿部の腕を引っ張って彼らの前に立たせた。
「シニアん時の後輩なんですけど、あの、こいつも連れてっていいですか」
 榛名の言葉に、武蔵野第一の野球部の面々は驚いた。阿部も驚いた。というより、榛名以外のその場にいた人間は皆、一体何を言い出したのかとびっくり顔になっていた。
 榛名はその反応を、別の意味で受け取ったらしい。
「隅の方で大人しくさせとくんで」
 繕うようにそう言う榛名の声を聞いて、阿部は我慢の限界が来た。
「いい加減にしろよ! 何勝手なことばっか言ってんだ!」
「うるせえ! お前は黙って俺の言うとおりにしてりゃいいんだよ!」
「ふざけんな! 少しは他人の迷惑ってもんを考えろよ!」
「迷惑ってなんだよ!」
「急に部外者参加させるとかどう考えても迷惑だろ! 第一、俺だって迷惑なんだよ!」
 怒鳴り合う二人に、榛名の先輩らしい人物と秋丸が、まあまあまあと割って入る。榛名の連れたちは、阿部と榛名の言い争いを目にして、あっけにとられたような表情を浮かべていた。
 阿部は、はっとなって、それから我を忘れてしまった自分を恥じた。せっかく堪えていたというのに、榛名があまりに馬鹿なことを言うので台無しだ。
 その時、輪の中から緊張感のない軽い声が上がった。
「榛名、えっらそー」
 声のした方へ顔を向けると、ショートカットの少女が、呆れた表情でこちらを見ていた。男たちの中の紅一点は、はきはきした口調で言った。
「びっくりしちゃう。榛名って後輩にはそんな態度なの?」
 彼女は振り返って、後ろにいた部員に尋ねる。彼らは一年生で、榛名の後輩らしい。肩にかけたバッグはまだあまり傷が入っていないし、制服も新しげに見える。
「え、そんなことないすよ」
「榛名先輩、俺らには結構優しいし」
 驚いているのは、彼らも同じらしかった。阿部にとってはあまり想像がつかないことだったが、どうやら榛名は、武蔵野第一では「いい先輩」のようだ。
 榛名は慌てたように言った。
「違うんスよ、こいつが特別なんス!」
 まるでお前のせいだ、と言わんばかりに、榛名は阿部の腕を引いた。
「タカヤがいちいち生意気だから、俺もついムキになるっつうか……」
「俺の言うこと黙って聞け! だって。榛名って意外と亭主関白なんだねえ」
「まあ、榛名は大概態度でかいけどな」
 少女の声を受けて、隣にいた坊主頭の人物が頷いた。阿部は、ああ、この顔は知っている、と思って頭の中からデータを検索する。エースナンバーをつけて、榛名が登板する四回までマウンドに登っている選手だ。確か、加具山という名前だったはずだ。
「えええ、俺、めちゃくちゃケンキョですよ!」
 榛名の言葉に加具山は半眼になって乾いた笑いを漏らした。
「謙虚なやつは後輩のうちから球数制限とか主張しねえと思うけどなー。それも80球で絶対とか」
「それに関しては、俺も何度ももどかしい思いをさせられたもんだよ」
「もどかしいっつか、大河、お前蹴ってたじゃん。榛名んこと」
「はっはっは、そういうこともあったなあ」
 彼らの会話を聞いて、榛名が武蔵野第一高校の野球部に馴染むまでにも色々あったらしい、と阿部は知った。榛名という存在の力強さは、よくも悪くも周りに影響を与えずにはいられないのだろう。
「でも、まー、それも、もう変わったけどな」
 加具山はそう言って笑った。この夏の大会で、榛名が球数制限を解除したことを言っているのだ。阿部は思わず榛名の顔を見た。
「はい」
 榛名は、晴れやかな顔でうなずく。その表情を見れば、全てが分かった。榛名は真実納得して投げたのだ。このチームで勝ちたいと思い、このチームのために投げたいと思い、投げたのだ。
 おそらく、喜ぶべきなのだろう、と阿部は思った。栄口の言うように、うれしいと思うべきなのだろう。けれども、阿部はもっとどうしようもない本音に気が付いてしまった。榛名に最低の投手であって欲しいと、まだ憎ませていて欲しいと願っている自分に、気が付いたのだ。
「よし、謙虚な榛名君になら分かると思うが」
 先ほど加具山に大河と呼ばれた人物は、咳払いをして言った。
「これは部の行事だ。そこはけじめをつけなくればならんと思う」
 つまり、榛名のわがままは認められないと、そういった意味のことを彼は言った。榛名は一瞬不満そうな表情を見せたが、すぐに顔を引き締めてはいと答える。
「それに、後輩くんも困ってるんじゃないか?」
「あ、そうだ。何か用事があるんじゃないの? ごめんね、榛名が無理言って」
 少女はとことこと阿部のすぐそばまで歩みよってきて、そう尋ねた。
「宮下先輩、いーんすよ、タカヤの都合なんか聞かなくったって」
「榛名に聞いてなーい」
 宮下はひと言のもとに榛名を黙らせた。
「先輩が勝手だと大変だね」
 まったくだ、と頷きたかったが、阿部はそこは堪えて宮下を見返すだけにした。榛名のような大きな男の近くにいると、宮下はいかにも女性らしく小柄に見える。うちの篠岡とどちらが背が小さいだろうか、と阿部は場違いなことを考えながら口を開いた。
「俺、もうすぐ親が迎えに来るんです。今はその待ち合わせ場所に行く途中で……」
「はああ?」
 榛名は大げさな声を上げた。
「おま、さっき用事ねーって言ったじゃねーか! 嘘ついてんじゃねーよ!」
「用事は済んだって言いましたけど、約束がないなんて言ってません」
「聞いてねーよ!」
「そういう話をする前に、あんたが馬鹿なこと言い出したんでしょ」
「むっかつく!」
 いきり立つ榛名を周りにいた部員たちが押し止める。この二人に任せていては話が進まない、と思ったのか、大河が取り仕切るように言った。
「あー、まあ、そういう事で、話もまとまったし! 移動すっか!」
 大河の合図で武蔵野高校の部員たちはぞろぞろと歩き始めた。打ち上げの会場に向かうのだろう。阿部はぼんやりとそれを見送っていたが、榛名まで阿部に合わせたように動かないのには首をかしげた。
「ちょっと……、榛名さん、行かないと」
「あ? あー、うん」
 榛名はらしくもなく歯切れの悪い調子でそう言った。
「腕も……、いい加減離してくださいよ」
 阿部の右腕は、未だにしっかり握られたままである。榛名はぐずるように唸りながら、阿部の腕を揺らして離そうとしない。
「おい、榛名! 何やってんだ、置いてくぞ!」
作品名:あのひと(後) 作家名:玉木 たまえ