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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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あのひと(後)

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 阿部が家に着いた時、居間の方からきゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえた。また、母は一体なにをはしゃいでいるのだろう、と阿部は思いながら靴を脱いだ。
「ただいま」
 阿部が足を踏み入れると、テーブルの上に何かを広げて、母と弟のシュンがそれを覗き込んでいた。
「おかえりー」
「あ、ねえタカ。タカも見て見て、懐かしいでしょ」
「はあ? なにが」
 母が指し示した先には、アルバムと、まだ綴じられずにむき出しのままの写真が何枚も置かれていた。
「この間、元希くんに会ったでしょう? それで懐かしくなって出してきたの」
「にーちゃん、ちっちぇー!」
 写真の中では、今より昔の阿部と榛名がいた。戸田北シニアのユニフォームを身につけて、笑っている。二人そろって、笑っているのだ。
それを目にした時、阿部の中に長く留まっていたもやが、さあっと晴れていくのが分かった。見えなくなっていた記憶の向こうにあったものが、急にはっきりとその姿を現す。
 シニアの時みたいだな、と榛名は言った。阿部は、先ほどはその意味が分からなかった。阿部の中の中学時代の榛名との記憶は、苛立ちと悔しみと、傷つけられた痛みでいっぱいになっていたからだ。けれども、本当はそれだけではなかった。
 元希さんは、榛名だったのだ。そんなひどく当たり前のことが、阿部にはやっと分かった。いなくなったと思っていたあのひとは、今の榛名につながっていたのだ。
「懐かしいわねえ。ほんと、この頃のタカは元希くんに夢中だったわよねえ」
 しみじみと言う母の声に、阿部はもう反発しなかった。
「そうだよ。元希さんは、俺のエースだったから」
 だから、他のものなんて目に入らないほどに、ただ、元希さんだけが、好きだったんだ、と阿部は思った。


 翌朝、阿部がグラウンドに着くと、そこにはもう人影がひとつあった。トンボを持って、マウンドの土を均している。いつも一番に来るのは阿部なので、少し驚いたが、その人影が振り返って誰だか分かると、すぐに納得した。
「お、はよう!」
 まるで勇気を振り絞るかのように、一生懸命な顔つきで彼は言った。
「はよ、三橋」
「うん。おはよう、阿部くん」
 本当ならば、先にベンチに荷物を置いて着替え始めるところだが、阿部はまっすぐマウンドへ向かった。三橋は落ち着かない様子でその場で足踏みをしている。いくらも経たずに阿部が三橋の目の前までやってくると、三橋はさすがにじたばたするのをやめて、阿部をじっと見つめた。
「あのさ」
「あ、のっ」
 二人の声が重なった。
「あっ、あ、あああ、阿部くん、あべく……」
 動揺する三橋に、阿部は手を振って落ち着くように伝える。
「俺が先に言うから、聞いてくれ」
 目を覗き込んで、阿部がゆっくりそう言うと、三橋は頷いた。
「昨日は、怒鳴って悪かった。それから、勝手にしろ、って言ったけど、あれも謝る。ごめん」
 阿部は頭を下げた。
「力合わせて強くなろうって、言ったのにな」
 阿部の言葉に、三橋は勢い込んで言った。
「オレ、俺もっ! 言い方悪かったかもって、思った!」
「お前は悪くねーよ」
「ち、がうんだ! オレ、いっつも言葉足りなくって、そいで、阿部くん、苛々して……」
「イライラすんのは俺が短気だからだよ。お前のせいじゃねーだろ」
 三橋は首を振った。
「阿部くん、聞いて」
 しっかりした声の調子で、三橋は言った。その真剣な様子を見て、きっと、なにかひどく大切なことを伝えようとしているのだろう、と阿部は思った。
「ちゃんと聞いてっから。ゆっくりでいいから、お前の言いたいこと、全部聞かせてくれ」
 阿部の言葉に励まされたように、三橋はうなずいた。
「オレ、榛名さんに張り合うって言ったけど、榛名さんみたいに、速い球投げられるって、思って、ないよ」
「……うん」
「オレが張り合うって言ったのは、球速で、じゃないんだ。速い球、投げたいって言ったけど、昔は、ただほんとに、今より速いのが投げたいって、それだけだったんだ」
 阿部は、出会ったばかりの頃の三橋を思い出す。全力投球の仕方さえ知らなかった三橋は、思い切り投げることの気持ち良さを知って、もっと速い球が投げたいと言ったのだった。
「俺の球、遅い、から。けど、全力だと、速い。阿部くん、そのスピードの差を使ってるんだよね。そういうの、一人で投げてる時は、考えたことなかった。阿部くんとバッテリーになって、阿部くんに教えてもらったんだ。だから、俺、もっとその落差が出ればいいって、思った。だから、全力投球の練習、もっと増やしたいって思ったんだ」
 三橋のしゃべりはたどたどしかったが、言葉のひとつひとつが、きちんと阿部の胸に届いた。阿部はすっかり反省してしまった。
「お前、すげー、ちゃんと考えてるんだな。俺、カッとなってヒデーこと言っちまって……」
「い、いいんだ。それより、阿部くんは、まだ、榛名さんのこと、なんか、って思ってる?」
 三橋が急に話を変えたので、阿部はぽかんとなった。
「は?」
「阿部くん、オレのこと、榛名さんよりいいピッチャーだって、言ってくれたよね。でも、阿部くんが、榛名さんを、なんかって思ってるなら、オレ、うれしくないよ」
 榛名さんなんか、に勝っても、うれしくない。三橋はきっぱりとそう言った。
「オレが張り合うのは、阿部くんが、すごいって思ってる榛名さんに、だよ。そいで、阿部くんに、オレを選んで良かったって、思わせたい」
 三橋の目にギラリと走る光を阿部は見た。それは、紛れもなく投手の目だった。阿部が惚れ込んでやまない、投手の目だ。
 阿部は笑い出した。三橋を好きだと思った。
「上等じゃねーか。榛名はスゲエ投手だぜ」
 ようやく、阿部はその言葉を言った。ずっと自分に禁じていた、榛名を認める言葉を、今は迷いなく言えると思った。榛名はその言葉に足るだけの男であり、また、それに立ち向かおうとする三橋を称える言葉でもあった。
「オレ、負けない、よ!」
「おー、俺だって、負けてらんねーよ。お前が強くなるなら、俺だって強くなんなきゃな。お前が榛名よりすごい投手になった時に、捕手が情けないなって言われたら腹立つかんな」
 二人は目を見交わして笑い合う。お互いが、お互いにふさわしいと認め合えるような、そんなすごい投手と捕手になれるように。
力を合わせて、強くなろうと、阿部と三橋は二度目の約束をした。


 会いたいと、電話をしたのは阿部の方からだ。先日会った時に榛名に話を聞いてもらったのが、三橋と仲直りをするきっかけになったので、一応はお礼を言っておこうと思ったのが表向きの理由だ。
 実際のところは、理由なんてどうでもよくて、ただ会いたいと思っただけだった。もしかして、この間の榛名も、こんな気持ちで電話したのかもしれないと、その時初めて阿部は思った。
 阿部は、予定の空いている日を聞いて、約束だけを取り付けるるもりで電話をしたのだが、会いたいです、という阿部の言葉を聞いた榛名は、すぐ行く、今行く、と言って聞かなかった。
「もう遅いですよ」
 その日は夜練が長い日だったので、時刻はもう21時を回っている。
「いーから、待ってろよ」
作品名:あのひと(後) 作家名:玉木 たまえ