ふざけんなぁ!! 4
15.好きだ。俺の彼女になれ!! 後編2
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ! てめぇ、性懲りもなく、俺の帝人に何してやがるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! ! 」
「静雄、帝人ちゃんがいるんだ。なるべく穏便に! ! 」
と、トムは一応口だけ止めてみた。
学校帰りに帝人を拉致し、一個のパフェを二人でつつくという、純朴な静雄もした事すらないラブラブシチュエーションをやりやがった上、彼の自宅に数多くの盗聴器を仕掛けていた事実。
只でさえ、虫唾が走ると毛嫌いしていた天敵だったが、今夜仕事が終わり次第、新宿までぶっ殺しに行く予定だった標的が、目の前に現れたのだ。
しかも、泣いて暴れている帝人ちゃんというオプションまでついて。
最悪だ。
怒髪天をついた静雄は、わき目もふらずに大通りに飛び出しやがった。
彼が左右の確認を怠ったツケは、哀れな事に、丁度その時、走ってきた四トントラックが被る羽目となった。
トムがあーあ……、と、顔を覆ったその時、トラックが急ブレーキをかけ、アスファルトとタイヤのゴムが擦れ合う甲高い摩擦音が夜闇に響き渡ったが、重い車両は直ぐに止まれなくて。
続いてどぉぉぉぉぉぉんと、鈍い音が辺り一面に響き渡り、ついでに静雄の長身が、綺麗に弧を描いて宙へ舞った。
「平和島の兄さん! ! おい、大丈夫かぁぁぁぁ! ! 」
粟楠会の事務所から、赤林を筆頭に、構成員がわらわら飛び出してきてしまった。
彼らは路肩に乗り上げて停止したトラックのドアをあけ、中の運転手と助手席にいた男を引きずり出し、その二人を十数名でぐるりと取り囲みやがる。
「てめぇ、うちの客人相手に、何してくれてんだぁ、あああ??」
「兄さん暫く働けねぇだろが。一体どう落とし前つける気だぁぁぁ?」
「人一人撥ねた代償、当然耳を揃えて払ってくれるんだろうなぁ?」
何と哀れな。
トムは、道路に大の字になって転がる静雄を抱き起こしながら、ぷるっと自身の身を震わせた。
偶然とはいえ、美味しい臨時収入のチャンスに、彼らヤクザ達の顔は嬉々として輝いており、口で言う程静雄の心配など、誰一人していない。
当たり前だ。
自動喧嘩人形の頑丈さは、ダンプに轢かれたって擦り傷程度しか負わないと、ブクロに住んでいる人間にとって、常識である。
また、任侠街道を突っ走る面々も、近年は『暴力団取り締まり法』の強化故、強請り収入は激減し、若い構成員を養うのも一苦労だから、棚からボタ餅的なチャンスを逃す筈無くて。
警察を呼ばれる前に、とっとと粟楠会の事務所に二人を連れ込んでしまう迅速さに、逃すものかの執念まで感じる。
彼らの息のかかった医者が、静雄の診断書をどう捏造するかは知らないし、興味もないけれど、トラックで正面から生身の人間を撥ねたのだ。
会社が払うか身銭を切るかは知らないが、きっと三百万から五百万程度の金は動く筈。
勝手に食い物にされるのを不服に思い、赤林に抗議したくとも、今回は先に彼のツテを頼ったのは自分達だから、目を瞑るしかなくて。
ついさっき、女子高校生を救ってくれた彼だったが、あの時どんなに良い人に見えたとしても、やっぱりヤクザ者だと身が引き締まる思いだった。
「……トムさん、み、帝人は……?」
「お前、怪我とか大丈夫か?」
「うっす。服がちょっと破れた程度っす」
流石静雄だ。並みの強靭さではない。
軽い脳震盪から早くも回復した彼は、頭を振りつつ起き上がると、周囲を眺め回す。
けれども今の騒動中に、臨也と少女を乗せたタクシーは、もう姿を消していて。
静雄の顔から、すうっと血の気が引いた。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ! 」
「あー、落ち着け静雄」
「コロスコロスコロスコロス! ! 」
「タクシーは○×会社で、ナンバープレートは1190-338×だったべ。○×会社に確認を取れば、運転手は判る。なら無線ぐらいあんだろ。今、車に乗せられているのが、15歳の少女と、それを誘拐した犯人だって言えば、直ぐここに連れ戻してもらえるべ」
トムは自分の黒い携帯を取り出しつつ、検索をかけてタクシー会社の電話番号を調べた。
静雄の滾る怒りは体内にマグマのように燻っていたが、今は恋しい帝人の危機だ。「コロスコロスコロスコロス」と、ブツブツ呟きだしてもいるけれど、まだ冷静な判断がつくらしく、トムの言葉にきちんと耳を傾けてくれている。
「それに、間に合わなくたって、臨也の野郎が何処で帝人ちゃんと一緒に降りたのかだって、問い合わせりゃ直ぐに判る。お前が暴走するのはその時だ。帝人ちゃんの身が今、とってもヤバいって事ぐらい判るだろが」
ぎりぎりと、静雄の口から豪快に歯軋りが鳴った。
23歳の男が今、15歳の少女を拉致しやがったのだ。
時刻はもう20時を越えているし、夕方、業者が自宅で盗聴器を取り外す作業に立ち会って、臨也の危なさを再認識した筈なのに、あえてのこのこと奴に着いていくなんて、あの賢い少女にはありえなくて。
自分も見たのは一瞬だったけど、臨也の腕の中で強烈に泣き喚き、暴れていた姿は明らかに犯罪臭い。
タクシー会社に事情を説明し、運転手へ無線連絡をお願いして五分後。
電話を取ってくれたおっさんから、折り返し連絡が来た。
残念ながら二人は既に降車してしまっていたが、ドライバーも少女の様子のおかしさを感じ、随分と気になっていたようだ。
《うちの従業員も、来良総合病院に運んだ方がいいと薦めたようですが、其処より、知人の医者の家が近いからと、青年も随分焦っていたみたいで》
「はぁ?」
トムの耳へと告げられた降車場所の住所は、聞き覚えのあるマンションの真ん前で。
「おーい静雄。臨也は帝人ちゃんを、岸谷んトコに連れて行ったみたいで………」
「判ったっす! ! 臨也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「帝人ちゃん、吐きまくりなんだと。風邪か食中毒じゃないかって、……おーい、……って、もう聞こえねーか………」
トムはがりがりとドレッドヘアを掻き毟りつつ、溜息を大きく一つついて携帯を懐にしまい、話途中でダッシュで駆け出していった静雄を追い、のんびりと歩き始めた。
作品名:ふざけんなぁ!! 4 作家名:みかる