ふざけんなぁ!! 4
16.好きだ。俺の彼女になれ!! 後編3
「ノミ蟲がぁぁぁぁぁ、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
延々と物騒な呪詛を吐きながら、全力で疾走する静雄を止められるものなど、親ですら無理だろう。
先日泣き濡れた彼が、たった一人で黄巾賊三百名と遣りあった事件は記憶に新しく、すれ違ったパトロール中の警察官二人組みですら、池袋の魔人とは会わなかったことにして、視線を逸らしている始末である。
帝人の容態が気になり、新羅の所に連絡を取ろうとポケットを弄ったが、携帯は壊してしまって無かった。
思い通りに事が運ばないムカつきに、イライラは益々増し、ぎりぎりと歯軋りが溢れ出てくる。
折原臨也
あいつと初めて会ったのは、高校の入学式の時で、その日のうちにお互い殺し合うつもりの喧嘩をした。
以来、あいつは静雄に幸せの芽を見つける度、ぶっ壊し、踏み躙る事に喜びを見出し、仕掛けてきやがって。
進学は妨害され、就職活動も邪魔され、やっと定職を得ても辞めざるえない状況に追い込まれ、挙句に冤罪を着せられ、警察に取り押さえられ、引っ張っていかれる屈辱だって味合わされた。
あいつに出会ったせいで、静雄は社会的に抹殺されたと断言できる。
だが、自分だけに被害が及ぶなら、まだ我慢ができた。
彼は静雄の家族や弟の幽に、今まで手を出すマネはしなかったし、逆に自分だって、臨也の両親や双子の姉妹を邪険にする事はなかった。
それが最低限のボーダーラインで、暗黙のルールで、静雄が例え「殺す殺す」と怒りを口にしても、決して人殺しの一線だけは、踏み越える事なんて無かったのに。
その協定が今日、あっさり破られた。
静雄を好きになってくれた、彼のテリトリー内にいる筈の、大切な同居している少女が攫われたのだ。
絶対に許せねぇ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
新羅が住む高層マンションを目に捉え、今、正に静雄がエントランスに突っ込もうとした時だった。
馬の甲高い嘶き声が闇夜に響き渡ると同時に、12階の窓ガラスが割れ、黒いファーコートを身に纏った男が落下してくる。
それは、セルティの黒バイクの前輪に、跳ね飛ばされた折腹臨也だった。
彼女の全身からは、どす黒い影がうねうねとトグロを巻いて具現化し、激怒の程を伺わせる。
しかも、彼女は12階から男を突き落としただけでは足りなかったらしい。
黒い大鎌を背後から取り出し、バイクを駆り、垂直にビルの壁を降下して、静雄の標的を追っている。
殺す気だ。
冗談じゃねぇ。
臨也の息の根を止めるのは、自分だ。
例え親友のデュラハンでも、絶対譲れない。
「セルティ、そいつは俺の獲物だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
静雄は振ってくる窓ガラスの破片の雨をものともせず、落下してきた臨也の顔面に、渾身のアッパーカットを決めてやる。
「……がふっ……」
その宙に舞った彼の背を、降りてきた黒バイクの前輪が圧し掛かり、アスファルトに頭から叩きつける。
臨也は地に沈んだ。
うつぶせに倒れたまま、どくどくと赤黒い血が、どんどん広がっていく。
静雄はのっしのっしと歩み寄ると、ぐったりしている臨也の胸倉を引っつかみ、手繰り寄せた。
ノミ蟲は油断がならねぇ。
気絶したフリしながら、逃げるチャンスを伺っている場合だってあるのだ。
右拳を握り締めて振りかぶると、背後からがきっと誰かが羽交い絞めにしてきやがる。
「ちょっと待て静雄!!セルティ!!」
「うわぁぁ、洒落にならないっすよ、これ!!」
「静雄、殺人は駄目だ。ご両親と弟の立場を考えてやれ!!」
静雄を押さえ込んできたのは、門田と遊馬崎とトムだった。
それにバンを路肩に止め、運転席から渡草が、そして中央扉から狩沢が、何かを振り回しながら駆け下りてくる。
「田中さぁん、つながったよ~!!」
狩沢が差し出してきたのは、トムの黒い携帯だった。
《ふえっえっ…、静雄さんとセルティさんが、人殺しになっちゃうなんて、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。お願い、止めてください。お願いだからぁぁぁぁ………》
そう泣き喚きながら帝人が二人を止めたから、臨也の命はぎりぎり救われた。
★☆★☆★
「いやぁ、マジで危機一髪だったんだなぁ。門田、俺を拾ってくれて感謝だべ」
「はい。急いで正解でした。しかし、田中先輩から竜ヶ峰は、食中毒か風邪って聞いていたのに、まさかこんな事になっていたとは………」
門田が静雄に気を使い、言葉を濁してくる。
静雄は今、和室に寝かせられた帝人の枕元にどっかりと腰を降ろし、ぎりぎりと歯軋りしながら、ひたすら怒りを堪えていた。
ノミ蟲野郎め。
帝人にクロロホルム嗅がして攫った挙句、レイプしようとしやがったなんて。
彼女は今、嘔吐を抑える強力な注射と、痛み止めの注射を立て続けに打たれ、きちんとピンクの寝巻きを着せて貰い、点滴の針二本を左腕に刺し、すぴすぴと寝息を立てて眠っている。
よっぽど怖かったのだろう。
眠り薬で熟睡している筈なのに、小さな右手は、きゅっと静雄の手を掴んだままだ。
随分とやつれてしまった。
泣きはらした目は浮腫んでおり、涙の痕がばりばりに乾いて張り付いていて、口の両端は切れて瘡蓋になっている。
手錠を嵌められていたという右手首は金属で擦れて、やっぱり怪我を負ってしまい、傷だらけになってしまった手の甲同様、今はきちんと手当てされ、包帯をまかれている。
こんな吹けば飛ぶような華奢な少女に、自分がたった数時間目を離した隙に、何してくれやがった。
帝人の小さな手が、静雄の手を掴んでさえいなければきっと、とっくの昔に怒りに身を任せ、再び臨也に殴りかかっていただろう。
「素人調合の薬品だったのが、幸いしたね。濃度がかなり薄かったから、帝人ちゃんの顔の皮膚も爛れずに済んだし、この程度の症状で納まったんだから」
新羅がこと細かく説明してくれた。
静雄が良く見るTVドラマのと同分量で気絶させられていたとしたら、薬品かぶれで彼女の口周りはお化けのようになっていたし、中毒の症状も酷く、苦しみも過酷で、それに己の吐しゃ物で窒息死していた可能性もあったそうだ。
だからこの程度で済んで、帝人は運が良かったのだと……、納得したくないけれど、そう思うしかない。
「でも、暫くここにいて貰うからね。本当は来良総合病院に入院した上、きちんと検査を受けて、刑事告訴した方がいいと思うけど、入院したら帝人ちゃんは、遡って退学届けを出すという約束を、学校としているらしいんだ。私は、彼女の意志も尊重したいし、静雄の幸せも応援しているから、今度の事件は公にするべきではないと思う」
ぎりっと唇を噛み締める。
静雄だって馬鹿ではない。
自分が騒ぎを大きくすれば、被害が幽の方に飛び火するのもわかっている。
実家に帰りたくない。
池袋から離れたくない。
そう帝人が泣いてイヤイヤしたから、臨也もある意味助かったのだ。
お陰で彼は、警察につきだされる事も無く、のうのうとここに居られるのだから。
作品名:ふざけんなぁ!! 4 作家名:みかる