GIFT
グレンの、かつては町だった場所に広がっていたのはただの更地だった。以前あった屋敷やジムなどの大きな建物は跡形もなくなっていた。仮設されているポケモンセンターで、ジョーイさんに聞いたところ、火災で建物は全て燃えてしまい、焼け残った残骸は危険だからと取り壊されたらしい。
ここにはもはやかつてのものは何もない。ただ灰が風に吹かれて地面で波打っている。人影もなく、ときどきキャモメが鳴くのが聞こえる。冒険していたころ、この島にも来たことがあるし、いろいろ建物をまわった。それはそんなに古い記憶でもないのに、今の光景を見ていると、もとから何もなかったみたいに思えてくる。
なんとなく、島をぐるりと一周したら海が不似合いに明るくて、特に思い出深い場所でもなかったのに、急に寂しくなった。
「おい少年」
後ろから俺に声をかけたのはカツラのじいさんだった。誰もいないと思っていたから驚いた。じいさんはヘルガーを連れ、帽子にサングラスというまったく昔と変わらない出で立ちで立っていた。かつてこの島のジムリーダーだった人間は、この光景を目にしてどう思っただろう。余所者の俺でさえ心を乱されるのだから、より一層深い悲しみを感じているに違いない。
「久しぶりじゃの。おまえさんも見に来たのか。」
「………」
「ここもえらいことになったわい。何も無くなっちまった。」
じいさんは噴火の時の状況を教えてくれた。もともと住民の少ない島だから、避難には時間がかからなかったこと。家族の写真と亡くなった奥さんの遺影だけ持ち出したこと。家屋は全滅で、すべてが焼けてしまったこと。
俺が言う言葉を探し当てられないで黙っていると、じいさんが海のむこうを指差した。
「ジムも焼けちまってな。わしは今あそこにいる。」
「…?」
「ふたご島だ。しばらくはあそこに仮のジムを作ってやっていこうと思うんだが。」
じいさんは緩慢な動作でヘルガーの背に手を置いた。ヘルガーのしっぽが揺れる。番犬のように堂々と立ち、強い光を宿したその目が俺を写していた。俺はじいさんの顔を伺った。口元は笑っているもののサングラスで隠れていて目は見えない。
「わしに出来る事などたかがしれとる。たが出来ることをやらなければならん。いつかこの島を復興させるためにもな。」
この人は迷わないのだろうか。
自然が猛威を振るうとき、人間はどうすることも出来ない。科学の力が発達したって自然は操れない。人の生活なんかはあっけなく壊れてしまう。それでもサングラスの奥の見えない目はこのポケモンのように迷いのない色をしているのだろうと思わせられた。堅く守ろうとしてきたものがもろくも崩れ去って、この人も一度は己の無力さに絶望したかもしれない。それでも前を向いてすでに歩き出している。
俺は自分の同情が跳ね返されたような気がしてはっとした。この人に無意識に何を求めていたのかに気付いて、自分の浅はかさに恥ずかしくなった。
大きな風が吹いて灰を巻き上げた。俺たちは口を腕で覆った。ヘルガーが咳をするように小さく火を吹いた。
「気をつけて帰れよ」
じいさんはそれだけ言って去った。