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棄てゆくものを

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 残された家康は、右腕と腹に力を入れて、改めて上半身を起こした。痛みが脳天を突き抜けて、思わず唇を噛みしめる。眩暈を覚え、頭の隅が霞んでいるのを意識しながらも、家康は何とか笑ってみせた。
「すまない、三成。お前がワシをここまで運んでくれて」
「戦は終えたぞ。貴様が無様に寝転がっているうちにな」
 三成は家康の言葉を遮って告げた。それは家康も承知している失態だったが、家康は情けなく眉を下げて宥める声をあげた。
「三成、まずは礼を言わせてくれないか?」
「必要ない」
 撥ねつけるように言い、三成は家康の元へ足早に歩み寄ると、その勢いのまま胸倉を掴みあげた。それまでの違和感すらある静けさをかなぐり捨て、その裏で押し殺していた激情を一気に家康へぶつけた。
「なぜ、助けた。助けてくれなどと言っていない…!」
 厭わしさと不快に満ちた声を吐き出しながら、家康を睨みつける。
「貴様などに庇われずとも始末は出来た。余計な手間をかけさせてくれたものだ!」
 家康は仰のいた姿勢に響く痛みを抱えながら、そういえばそうだったのだ、と今更思った。
 あの時に。
 三成と、その背後に迫る凶器を視界に捉えた時に、家康もまたわかっていたのだ。おそらくは次の一瞬で三成は後ろを取った殺気と気配に気づき、地を蹴ってそれを回避し、同時に相手の息の根を止めるに違いない―――と。
 そして、その一瞬が待てなかった。
 万が一にも三成が間に合わなければと、そこまで意識するまでもなく、気付いた時には家康はその背を押していたのだ。
 わかっていても無駄だった。
「貴様は私を見縊っているのか?」
「そんなわけはない……」
「ならば、なぜ助けた」
 家康が見上げた先で、三成は不愉快で仕方ないといった顔をしている。だが、間近に迫ったその眼に浮かんでいたものに、家康は一瞬息が止まる思いがした。
 どこか傷ついたような、戸惑ったような、恐れているような。
 怒りで覆い隠した下の、三成には相応しくない揺らいだ感情は、よく見ればそこかしこに透けていた。例えば家康を掴みあげる手が微かに震えていること、そもそも戦を終えた三成が神の御許へ駆けつけず、こうして家康の様子を見に来ていること自体が。
「……ワシも助けてくれと言った覚えはないが、お前はここまで連れてきてくれたろう?」
 だから、相こだ。笑ってみせれば三成はますます眦を鋭くした。
「そんなものは理由にならない」
「どうして助けてくれたんだ?」
 逆に家康が問い返すと、三成は押し黙った。味方の将が負傷すれば、それを助けるのは当然だ。わざわざ言葉で表す方が難しいこともあろう。家康とてそう思うが、三成は己が助けられたことを理解できない。だから自分が当然のように家康を戦場から引き離したことすら、改めて問いかければ戸惑うのだ。家康は、その答えを三成自身に導きだして欲しかった。
 お前は、ワシを惜しんだのか。
「……それは」
 家康の胸倉を掴んだ手が、知らぬ間に力を緩めて離れた。
 三成は思い出す。地に臥して動かない家康の姿を見た時に、自分を襲った不快を。
 それは、これまでに感じたことがないほど、不愉快に背筋を這うおぞましいものだった。三成は人の倒れる姿を見て、あんな心持になったことはない。味方の兵が倒れようともその屍を無心で踏み越える、それが三成の常であり、秀吉と半兵衛以外の死など三成には何の意味もないはずなのだ。ならば、何故――
「………秀吉様の、」
 その言葉を聞いた瞬間、家康は確かに落胆した。
 対して三成は、縋るようにして呟いたその言葉に途端に己を取り戻し、それ以上の思考を必要としなくなった。
「そうだ……秀吉様の兵力を易々と損なうわけにはいかないのだ。だから貴様を運んでやった」
 たちまち揺らぎをかき消して、秀吉様に感謝しろ、と無邪気と言っていいような声で告げる三成が、ふと視線を落として尋ねた。
「貴様もそうだったのか?」
 家康は、一途な問いかけに苦く笑った。そうだ、秀吉公の御為にお前を助けたのだと言えば、必要ないと言いつつも三成は喜ぶに違いない。だが家康はその場を収められると知りながら、肯定を返すことは出来なかった。ただの兵力のひとつとしてこの男を見ることはもはや出来ないのだと、家康はとうに自覚していた。
 緩く首を振る。
「……お前が死ぬのは見たくないんだ」
 痛みと熱で浮かされた意識が、本音を絞り出す。
 予想した通り、三成は不可解だという顔をした。
「死を恐れるなど……!軟弱が過ぎる」
 確かに、家康は総ての死を恐れている。味方は勿論、敵兵であろうと、命を刈り取るという行為に慣れることはできず、また受容するつもりもない。だが今は、死それ自体ではなく、お前の死を恐れていると言っているのだ、と。言い募っても三成にはわからないだろうことを、やはり家康は知っていた。
「お前は秀吉公の為ならば躊躇わないだろう?……恐れないのだろう?」
 家康が問えば、三成は何を当然のことをと言う顔で頷いてみせた。家康はもう一度苦く笑う。他の表情を浮かべることが出来なかった。

「怖いよ」


作品名:棄てゆくものを 作家名:karo