ツバサ
その日の夕方、シードの姿を探して場内を歩き回っていたクルガンは、奇妙な体験をすることになる。
「あ、クルガン様。シード様を見かけませんでしたか?」
まず声をかけてきたのは、いつも騎士達の食事を用意してくれる料理長の男だった。
「いや…私も奴を探している。」
「ではもし見かけられたら、ご注文の品は届いておりますとお伝え下さい。」
「あいつは何を注文したのだ?」
「ええと…羊の肉、10kgですね。今日は宴会でもされますのでしょうか?」
「……いや……解った。伝えておく。」
宴会の予定などもちろんない。
ましてや宴会に羊の肉だけ使うこともあるまい。
その10kgを、シードはどうするつもりなのか。
そう思案しつつ庭に出たクルガンに、今度は庭師の男が声をかけた。
「クルガン様。シード様にわら束を20束、頼まれたのですがどこにお届けしたらよろしいでしょうか?」
「わら束…何に使うつもりだ?」
「さあ、私にはさっぱり…馬厨のほうでよろしいでしょうか?」
「……ああ。そうだな……」
わらを20束。
いくら愛馬に食わせるにしても多すぎる。
少し顔をしかめつつ闘技場に向かうクルガンを見つけ、ジル王女の身の回りの世話をする女官長が遠慮がちに声をかけてくる。
「クルガン様。シード様が先程、使わなくなった古い毛布が10枚ほど欲しい、とおっしゃって来られたのですが…あの…何にお使いなのでしょうか?」
「……毛布………」
すっかり考え込んだクルガンの険しい表情に、女官は脅えたように身を竦める。
「あの…何かあったのでしょうか…」
「いや…なんでもない。すまない、失礼した。」
羊の肉10kg。わら束20束。古びた毛布10枚。
シードはいったい何をするつもりなのだろう。
闘技場に足を踏み入れたクルガンに声をかけたのは闘技場専属の武器管理人だった。
もう日の暮れかけたそこには、訓練する者は一人もいない。
「あのう、クルガン様。シード様に頼まれた品なのですが…到着が遅れまして。もしよろしければお渡し頂きたいのですが…」
そう言って渡されたのは数キロほどあるでろう、目の細かい網だった。
「????これをいったい…」
さしものクルガンも、この品には目をしばたかせる。
「さあ、森で使うとか何とかお伺いしましたが。私の実家は漁師でして…ならば手に入るだろうとシード様に頼まれたのです。どうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、ああ…」
それで今日の仕事はもう終わったのか、一礼すると武器管理人は闘技場から出ていった。
あとには網を抱え、呆然としたクルガンのみが残る。
森で、使うだと?魚でも獲るつもりか?なら、他の三品は…?
もう一度考えよう。
羊の肉10kg。わら束20束。古びた毛布10枚。そして目の細かい網。
シードはいったい何のためにこんなものを必要とするのか。
もし…もしもだ。
もしこれを持って噂どおり女の元に行くのだとすれば、いったいその女は何者なのだろうか。