ライメイ
「ちくしょう」
空に向けて放ったつぶやきのような言葉は、先刻から月を隠し分厚くたちこめた灰色の雲に吸い込まれるようにして消える。
「ちくしょう。ちくしょう」
どしゃぶりの雨の中闘技場の屋上の手摺りにもたれながら、シードは目の中に雨が降りこむのもかまわず天空を睨み付けた。
「お前は何かあるとすぐにここだな」
激しい雨音に紛れて聞こえて来た聞き慣れた静かで低い声に視線を戻すと、僚友がいつものとおりの冷たい表情をたたえながら立っていた。
雨に濡れてよけい寒々しく感じるその表情には、明らかに苦々しい色が含まれている。
先刻までいた酒場の有様を見て来たのだろう。そう予測がついた。
「早いとこ引っ込めよ。風邪ひくぞ!」
投げ遣りに吐き出されたその言葉に、クルガンは少し肩をすくめ、歩み寄る。
「風邪をひくかどうかはお前の方がよっぽど心配だ」
「ほっとけよ。一人になりてぇんだ。向こう行け!」
珍しくあくまで拒絶の態度を崩さない相棒に、苦笑が漏れる。
全く、まるで駄々をこねる子供だ。
「笑うな!」
激しい感情を纏ってキッと睨み付けて来たその顔を、クルガンはその表情を変え、冷え冷えとした視線で睨み返した。
「いい加減にしろ。あの様は何だ?一人になりたいのなら一人でやるがいい。他人を巻き込むな!」
周りに他の人間がいたなら一斉に真っ青になって首をすくめそうなクルガンの一喝。
実際はこの雨音に大声を出さなければ相手に言葉が届かないだけなのだが、滅多に大声を出さないクルガンのそれにシードは更に怒りの度合いを上げたようだった。
その瞳を燃え上がらせたままシードは吐き出すように叫ぶ。
「お前みたいな冷血漢に何が解る!あいつらもそうだ。みんな、狂ってやがる!」
クルガンは改めてシードを見た。雨にぐしょ濡れになって解らないが、泣いて居るのか。こいつは。
「狂っている!皆!間違ってるんだ、こんな---」
「お前もだろう?」
何かを続けようとした叫びを遮るようにしたクルガンの言葉に、シードは口を閉ざす。
そして、いつもとかわらぬ静かな表情をたたえた相棒の顔を見上げ、目を伏せた。
同じくずぶ濡れになってまで付き合ってくれている彼の心にはじめて気付き、ようやく自分でもどうにもならなかった怒りの感情がおさまっていく。