ライメイ
「………そうさ」
ようやく感じ始めた申し訳なさに、彼の方を見ないようにしながら背を向け、シードは再び闘技場の手摺りに手をかけた。
「俺も、狂っている。」
遠くで雷鳴がまた鳴り響いた。先刻よりさらに近くなったように思える。
雨でかすむ空に、まるで生き物のような光の筋がうねり、そしてそれを追うように低く、くぐもった轟が辺りを震わせた。
「このまま避雷針にでも志望する気か?」
「………はは」
滅多に聞けないクルガンの冗談に少し笑い、シードは力無く手摺りの根元に座り込むと膝を抱え、顔を伏せた。
その相棒の姿を目を細めて眺め、クルガンも手摺りに体を預ける。
「このままじゃ避雷針はお前だぞ」
「ずるい奴め」
「でもお前じゃあ雷も逃げるわな」
「言ってろ」
しばらく冗談混じりの他愛も無い会話を続けた後、シードは急に押し黙り、ぽつりとクルガンに問うた。
「クルガン…見たか、同盟軍の奴らを」
「………ああ」
「子供がいる」
やはりそのことか。クルガンは目を閉じた。
前回の戦で、初めはいつもの通りに強引に兵を進めていたシードが、急に消極的になった理由は。
「あいつら、絶対狂ってやがる………何で、平気なんだ。あんな子供を………」
「彼等を率いて居るリーダーさえ18にもならない少年だと聞く」
クルガンの言葉に、伏せたままだったその顔を跳ね上げる。
「………本当か」
「噂だがな」
その表情が辛そうに歪み、そしてまた顔を伏せてしまうのをクルガンは静かに眺めていた。
それ以上何も言う気配の無い相棒に、再び口を開く。
「それが、戦争だ」
「………解っている」
「国を守る為なら仕方が無い事だ」
「解ってる」
「命令とあらば…」
「解ってるさ!」
再び声を荒げ、シードはクルガンを見上げた。
その瞳に燃え上がるあまりにも正直な感情の激しさ。そして真直ぐさ。
「命令を受けりゃ、なんでもやる。それが軍ってやつだ。その通りさ!」
今度は口を挟まず、クルガンはじっとシードの言葉を待った。
「解ってる。だけど俺は、その命令をあいつらにしなければならないんだ!子供ですら斬れとな。あいつらが厭だと思ってても、だ。ジェイクは、まだ18になったばかりだぞ!」
聞き慣れない名に一瞬眉をひそめ、それが半年前第四軍に入って来た新しい少年兵の名だと思い出す。
シードは第四軍の兵士達の名を、末端の地位の人物まで余す事無く覚えていた。
確かにクルガンも名前くらいなら記憶にとどめては居るが、その個人の癖や性格などを判断させるとシードには適わない。
末端の人間にまで人なつこく声をかけ、酒場に誘ったり、散歩に誘ったりとまるで兄弟のように接する彼を慕う者は多く、また、シードもそんな彼等をこよなく愛していた。
「そうだな」
今度は肯定で返し、クルガンは空を見上げる。頭上に蛇のような煌めく光が一瞬走り、継いで再び雷鳴が、今度は轟音とともに降りかかってくる。
「それが隊を預かる将軍というものだが…つらいな」
「つらい…か」
ぽつりと自分の言葉を反芻した声に視線を下ろすと、脇でうずくまって居たシードも、膝を抱えたまま上空を見上げている。
「…なら、軍人を辞めるか?」
冷たく落としたクルガンの問いを受けとめ、シードは視線をクルガンに移し、少し目をしばたかせた。
「辞めるか?」
もう一度、クルガンは問う。
答えは二人とも解っている。
しかし、声に出さなければ彼の背は誰にも押せないのであろう。
決して正しい道だとは言えない。
むしろこれから続くであろう正義を踏み外した道を、この真直ぐな感情と心を持つ男に歩かせなけらばならない。
その罪の問いを、誰がするのか。その罪を背負うのは、誰か。