no title
その時には、ちっともはかりきれていなかった。
自分の感情がどのくらいのものなのか、とか。
ましてやその感情が自分に、そして相手に、どのくらい影響を及ぼすものか、なんて。
【それは始まりにも、終わりにも似ていて 3】
祈りは届かなかった。
強く目を閉じて、そして開いても腕の中の人は変わらずそこにいて、状況はちっとも好転してくれてはいなかった。
――いやむしろ、徐々に悪化していっているといったほうがいいかもしれない。
ちくしょう、やっぱり祈りなんてアテにならない、なんて理不尽な怒りを持ってはみたものの。
結局、全ての元凶は自分なのだ。
「えーと・・・ククール?」
腕の中からかけられた声にハッとした。
そうだ、目の前にはエイトがいる。 …けれどどうにも気まずくて、顔を見ることができない。
絶体絶命という言葉はこういう時に使うのだろう、たぶん。
どうしよう――なんて、性懲りもなく考えてはみるものの、一度口からこぼれ落ちた言葉は戻せないし、起こしてしまった行動は消えるはずもなく。
――覚悟、決めるしかないか。
かくして、結論はそこに落ち着いたのだった。
ふぅ、と軽くちいさく息をすって、はいた。
夜のつめたい空気が体にふわりと吸収されて全身を駆け巡り、だんだんと頭が冴えてくる。
しかしそれとは正反対に、胸のあたりはどくどくと音を刻み、熱くなる。
・・・緊張してる? まさか!
好きなんて言葉、今まで数え切れない程言ってきた。
どんな美女に向かって言うときも、どんな状況でも、さらりと言ってのけた。
だから――緊張してるなんてありえないんだ、とククールは自分に言い聞かすように反芻した。
「――あの、さ、エイ」
「とりあえず、離してもらっていい?」
エイト、と名前を最後まで呼ぶことはできなかった。
「・・・え?」
なにを言われているのか、すぐには理解できなかった。
この腕、と無言で視線を向けられて、ようやく気付いて慌てて手を離す。
ふぅ、とため息が聞こえてきて。
ちらりと彼の顔を盗み見たものの、その表情からはなんの感情もうかがえない。
言いかけた言葉はタイミングを失い、ククールは先程より軽くなった腕の感触を少し寂しく思い、ただ沈黙するより他になかった。
しばらく二人の沈黙が続いて、ようやく口を開いたのはエイトだった。
「で?」
さっきのはどういう意味?と、近くの石に腰をおろしながら静かな声で問いかけられて。けれどどうやってこたえていいのか分からず言葉を返せずにいると、彼は視線をまっすぐにククールに向けた。
視線がかちりと合って、相変わらず無表情な瞳が見つめてくる。
黒い瞳に、雲が取り払われた満月が綺麗にうつっているのが妙に神秘的で、何故かどきりとした。
「好きって、どういう意味?」
「どうって・・・」
そのまんまの、意味なんですけれども。
それ以上にも、それ以下にも説明のしようがない。
――しかしそれをそのまま口に出すことは、どうしても憚られた。
視線を合わせているのが苦しくなって目を逸らしたけれど、対面の彼の視線はずっと自分に注がれていて。
・・・痛い、と思った。
「それは、僕が」
彼は唐突に、囁くようなちいさな声で切り出した。
それは先程までの感情のこもってない声ではなく、どこか宥めるような響きをもっていて。
嫌な予感がした。
――何故だかその続きは、聞きたくないと思った。
耳を塞ぎたくなったけれど当然ながらそんなことは出来なくて。
救いを求めるかのようにエイトを見ると、彼はやわらかく、けれど少し困ったように笑った。
「僕が、姫――・・・ミーティア様を好きな気持ちと、同じなのかな」
――あぁ、やっぱり聞くんじゃなかった。
その発言で、もう全てククールの言えることはなくなってしまって。
その通りだよ、とわらって返すしか術はなかった。
エイトはずるい、と思う。
相手の感情とか気持ちとか、そういうのには鈍い奴なんだろう、と最初は思っていた。
けれどそれは、全く違っていて。
誰よりも早く相手の気持ちを察して、先回りして傷つけないよう、傷つけないように的確にクッションを置いて行く。
今回もそれは例外ではなくて。
「お前ずるいよ、エイト」
察するのが早すぎるんだ。
結局大事なことはなにも言えず、相手にそんなことしか言えない自分がひどく情けない。
「――ゴメン」
困ったように笑う彼の横顔は、月に照らされて。
どうしようもなく綺麗だと思った。それ以外には何も思いつかなかった。
もう一度抱きしめたいと思ったけれど、だらんと伸ばした腕はどうしても動かなくて。
ぎゅ、と拳を強く握りしめた。
冷えた手のひらに爪がくい込んで、すこし痛んだけれど。
そんな痛みはどうだってよかった。
「じゃあ・・・僕は、先に戻ってるから」
ほどほどにね、と言い残して彼は宿に戻っていった。
遠くなる後姿をぼんやりと眺めながら、ククールはついさっきまで彼が座っていたのと同じ場所に腰を下ろす。
足元が急に暗くなり空を見上げると、先程まで姿を見せていた月はまたどんよりとした黒い雲に隠れてしまっていた。
『それは僕が、姫――・・・ミーティア様を好きな気持ちと、同じなのかな』
その言葉を何度も反芻して、あぁそうだよ、とひとりごちる。
「うまいこと言うよ、お前」
それは、彼がどれ程ミーティアのことを想っているかを思い知らされる言葉。
そして同時に、自分にどれだけ可能性がないかを突きつけられた言葉。
敵わない、と思う。
――叶わない、と思う。
けれど気付いてしまった気持ちは、どこにも沈めようがなくて。
やりきれなくて。
それでも好きで。
自分の感情がどのくらいのものなのか、とか。
ましてやその感情が自分に、そして相手に、どのくらい影響を及ぼすものか、なんて。
【それは始まりにも、終わりにも似ていて 3】
祈りは届かなかった。
強く目を閉じて、そして開いても腕の中の人は変わらずそこにいて、状況はちっとも好転してくれてはいなかった。
――いやむしろ、徐々に悪化していっているといったほうがいいかもしれない。
ちくしょう、やっぱり祈りなんてアテにならない、なんて理不尽な怒りを持ってはみたものの。
結局、全ての元凶は自分なのだ。
「えーと・・・ククール?」
腕の中からかけられた声にハッとした。
そうだ、目の前にはエイトがいる。 …けれどどうにも気まずくて、顔を見ることができない。
絶体絶命という言葉はこういう時に使うのだろう、たぶん。
どうしよう――なんて、性懲りもなく考えてはみるものの、一度口からこぼれ落ちた言葉は戻せないし、起こしてしまった行動は消えるはずもなく。
――覚悟、決めるしかないか。
かくして、結論はそこに落ち着いたのだった。
ふぅ、と軽くちいさく息をすって、はいた。
夜のつめたい空気が体にふわりと吸収されて全身を駆け巡り、だんだんと頭が冴えてくる。
しかしそれとは正反対に、胸のあたりはどくどくと音を刻み、熱くなる。
・・・緊張してる? まさか!
好きなんて言葉、今まで数え切れない程言ってきた。
どんな美女に向かって言うときも、どんな状況でも、さらりと言ってのけた。
だから――緊張してるなんてありえないんだ、とククールは自分に言い聞かすように反芻した。
「――あの、さ、エイ」
「とりあえず、離してもらっていい?」
エイト、と名前を最後まで呼ぶことはできなかった。
「・・・え?」
なにを言われているのか、すぐには理解できなかった。
この腕、と無言で視線を向けられて、ようやく気付いて慌てて手を離す。
ふぅ、とため息が聞こえてきて。
ちらりと彼の顔を盗み見たものの、その表情からはなんの感情もうかがえない。
言いかけた言葉はタイミングを失い、ククールは先程より軽くなった腕の感触を少し寂しく思い、ただ沈黙するより他になかった。
しばらく二人の沈黙が続いて、ようやく口を開いたのはエイトだった。
「で?」
さっきのはどういう意味?と、近くの石に腰をおろしながら静かな声で問いかけられて。けれどどうやってこたえていいのか分からず言葉を返せずにいると、彼は視線をまっすぐにククールに向けた。
視線がかちりと合って、相変わらず無表情な瞳が見つめてくる。
黒い瞳に、雲が取り払われた満月が綺麗にうつっているのが妙に神秘的で、何故かどきりとした。
「好きって、どういう意味?」
「どうって・・・」
そのまんまの、意味なんですけれども。
それ以上にも、それ以下にも説明のしようがない。
――しかしそれをそのまま口に出すことは、どうしても憚られた。
視線を合わせているのが苦しくなって目を逸らしたけれど、対面の彼の視線はずっと自分に注がれていて。
・・・痛い、と思った。
「それは、僕が」
彼は唐突に、囁くようなちいさな声で切り出した。
それは先程までの感情のこもってない声ではなく、どこか宥めるような響きをもっていて。
嫌な予感がした。
――何故だかその続きは、聞きたくないと思った。
耳を塞ぎたくなったけれど当然ながらそんなことは出来なくて。
救いを求めるかのようにエイトを見ると、彼はやわらかく、けれど少し困ったように笑った。
「僕が、姫――・・・ミーティア様を好きな気持ちと、同じなのかな」
――あぁ、やっぱり聞くんじゃなかった。
その発言で、もう全てククールの言えることはなくなってしまって。
その通りだよ、とわらって返すしか術はなかった。
エイトはずるい、と思う。
相手の感情とか気持ちとか、そういうのには鈍い奴なんだろう、と最初は思っていた。
けれどそれは、全く違っていて。
誰よりも早く相手の気持ちを察して、先回りして傷つけないよう、傷つけないように的確にクッションを置いて行く。
今回もそれは例外ではなくて。
「お前ずるいよ、エイト」
察するのが早すぎるんだ。
結局大事なことはなにも言えず、相手にそんなことしか言えない自分がひどく情けない。
「――ゴメン」
困ったように笑う彼の横顔は、月に照らされて。
どうしようもなく綺麗だと思った。それ以外には何も思いつかなかった。
もう一度抱きしめたいと思ったけれど、だらんと伸ばした腕はどうしても動かなくて。
ぎゅ、と拳を強く握りしめた。
冷えた手のひらに爪がくい込んで、すこし痛んだけれど。
そんな痛みはどうだってよかった。
「じゃあ・・・僕は、先に戻ってるから」
ほどほどにね、と言い残して彼は宿に戻っていった。
遠くなる後姿をぼんやりと眺めながら、ククールはついさっきまで彼が座っていたのと同じ場所に腰を下ろす。
足元が急に暗くなり空を見上げると、先程まで姿を見せていた月はまたどんよりとした黒い雲に隠れてしまっていた。
『それは僕が、姫――・・・ミーティア様を好きな気持ちと、同じなのかな』
その言葉を何度も反芻して、あぁそうだよ、とひとりごちる。
「うまいこと言うよ、お前」
それは、彼がどれ程ミーティアのことを想っているかを思い知らされる言葉。
そして同時に、自分にどれだけ可能性がないかを突きつけられた言葉。
敵わない、と思う。
――叶わない、と思う。
けれど気付いてしまった気持ちは、どこにも沈めようがなくて。
やりきれなくて。
それでも好きで。