no title
許されるはずはない。
そんな、自分勝手で傲慢なこと。
――許されていいわけが、ない。
【それは少し、勝手すぎやしませんか? 2】
「遅いな・・・」
徐々に闇の色を濃くしていく空を窓からぼんやりと眺め、ぽつりと呟く。
ふらりと出ていったククールを追いかけて、ゼシカが飛び出していったのはもう1時間も
前になるだろうか。
おおよそククールがいそうなところといえば酒場くらいのものだから、20分くらいで帰ってくるだろうと検討をつけていたのだが、大きくはずれてしまった。
――なにか、あったのかな。
とはいえあの二人のことだから、多少のことがあったらくらいではどうもならないだろうが、それでもこう長い間戻ってこないとさすがに心配してしまうのだ。
過保護かな、とひとつ苦笑してベッドから立ち上がる。
途端、もうひとつのベッドが視界に入り、エイトの動きは止まった。
ベッドの上に無造作に放り投げられた荷物。
部屋に入って荷物を置くやいなや、彼は「ちょっと出かけてくる」と出ていってしまったのだ。
部屋割りが決まったときの彼のバツが悪そうな顔といったらなかった。
もっとも、その表情を見せたのは一瞬だったので、他の二人は気付いていなかっただろうが。
最近、彼の様子がおかしいのには気付いている。
――否、そもそも原因が自分なのだから、当たり前なのだが。
あの日から、彼は目が合うたび、さりげなく逸らすようになった。
前と変わらず笑いはするが、その笑顔はどこかぎこちなくて。
部屋が同じになると、そそくさと外に出ていき、帰るのは深夜を過ぎてから。
そして帰ってくると必ず、自分の顔を覗き込むのだ。そして溜め息をひとつつく。
その行動に、彼はあの日のことを未だ忘れられていないのだ、と痛感する。
それらは全て自分のせいで。
けれど、どうしようもない。
なにもできない。
ただひたすら、忘れてくれと願うこと意外にはなにもできないのだ。
自分勝手なのは分かっている。
いっそ、あんなにも曖昧で、けれどひどく傷付けるような断り方をした自分を恨んでくれたらと思う。
恨んで罵って気が晴れて、忘れてくれるのならそれでもいいと思う。けれど。
彼は優しいから、そんなことはしない。したくても、出来ないのだろうと思う。
「・・・なんで僕なの、ククール」
ベッドに腰を下ろすと、古びたそれはギィと軋んだ音をたてた。
息苦しくなって、深くゆっくりと息をつく。
ついで顔を上げると、部屋を照らすランプの光がまともに突き刺さってしまい目を細めたものの、それでも眩しくて、目を閉じた。次に訪れるのは、心地よい暗闇のはずだった。
――なんで。
目を閉じた世界は暗闇のはずなのに、それなのに。
目を閉じた世界には、満月に照らされた彼の銀色の髪が鮮明に浮かんで。
とても綺麗だった。
透き通るような白い肌に、淡い光を含んだかのような銀色の髪。
涼やかな碧い瞳に見つめられたのは、なぜ自分だったのだろうか。
――彼ならば、大抵の女性はなびくだろうに。
それこそ男の自分などと比べ物にならない、美しい、彼に相応しい女性が。
何故自分である必要があったのか、と再び呟いて、溜め息をひとつ。
またぐるぐると回りそうになった思考にぶんと頭をふって立ち上がる。
――探しに行こう。
どのくらい考え事をしていたのだろうか。
宿を出ると、辺りは漆黒の闇に覆われていた。
吹く風は意外にも勢いが強く、思わず躓きそうになる。
あやうく踏みとどまったところで、後方から馬の嘶きが聞こえた。振り向くと、
そこには美しい毛並みの馬が凛と佇んでいた。
その白い毛並みは闇の中でもくっきりと映えて、とても美しい。
あらためて、この方は気高い方なのだ、と誇らしく思う。
「ミーティア様・・・」
すたすたと近づき、失礼します、と軽く一礼をして。
心配そうに見つめてくる彼女の頭をひと撫でして、にこりと微笑む。
「大丈夫ですよ、ミーティア様」
貴女は何も心配されることはないのです、ともう一度優しく撫でて手を離す。
安心したのか、彼女の瞳が柔らかく微笑んだような気がした。ほっと息をつく。
昔の思い出の、そして夢の中に出てくる彼女の姿を思い浮かべる。
美しい方だ。それは見た目だけではなく、心の中も。
まるで澄み切った水のように透明で、純粋な心を持つ人。
たとえ何があったとしても。
あなたは俺が、守りますから。
とてもとても、大切な方。
――そう。一番、大切な。
一番、と自分に言い聞かすように繰り返し口の中で呟いて、闇の中を歩き出す。
月は雲に隠れ、夜も遅いためか灯りのついている民家はほとんどなく、まだ夜の闇に
慣れていない目では前がよく見えない。
けれど今は、手探りで歩いているような感覚が嫌ではなかった。
もやもやと何かが、自分の中で渦巻いている。
その『何か』がどういうものであるのかは、分かっているのだ。
しかし出来れば、『それ』に気付かないフリをしていたい。ずっと。
いくら自分勝手と罵られようと、ずるいと蔑まれようと。
忘れたほうがいいのだ、自分も、そして彼も。
それがお互いのためなのだと強く思う。
だから、気付かないフリをしていなければいけないのだ。
あの夜。
彼の銀色の髪が月の光を反射して、まるで淡い光をたたえたかのように見えて。
一瞬息が止まりそうになった、なんて。
――それが自分にとってどんな意味を持つものか、なんて。
「・・・ごめんね、ククール」
気付いては、いけない。
そんな、自分勝手で傲慢なこと。
――許されていいわけが、ない。
【それは少し、勝手すぎやしませんか? 2】
「遅いな・・・」
徐々に闇の色を濃くしていく空を窓からぼんやりと眺め、ぽつりと呟く。
ふらりと出ていったククールを追いかけて、ゼシカが飛び出していったのはもう1時間も
前になるだろうか。
おおよそククールがいそうなところといえば酒場くらいのものだから、20分くらいで帰ってくるだろうと検討をつけていたのだが、大きくはずれてしまった。
――なにか、あったのかな。
とはいえあの二人のことだから、多少のことがあったらくらいではどうもならないだろうが、それでもこう長い間戻ってこないとさすがに心配してしまうのだ。
過保護かな、とひとつ苦笑してベッドから立ち上がる。
途端、もうひとつのベッドが視界に入り、エイトの動きは止まった。
ベッドの上に無造作に放り投げられた荷物。
部屋に入って荷物を置くやいなや、彼は「ちょっと出かけてくる」と出ていってしまったのだ。
部屋割りが決まったときの彼のバツが悪そうな顔といったらなかった。
もっとも、その表情を見せたのは一瞬だったので、他の二人は気付いていなかっただろうが。
最近、彼の様子がおかしいのには気付いている。
――否、そもそも原因が自分なのだから、当たり前なのだが。
あの日から、彼は目が合うたび、さりげなく逸らすようになった。
前と変わらず笑いはするが、その笑顔はどこかぎこちなくて。
部屋が同じになると、そそくさと外に出ていき、帰るのは深夜を過ぎてから。
そして帰ってくると必ず、自分の顔を覗き込むのだ。そして溜め息をひとつつく。
その行動に、彼はあの日のことを未だ忘れられていないのだ、と痛感する。
それらは全て自分のせいで。
けれど、どうしようもない。
なにもできない。
ただひたすら、忘れてくれと願うこと意外にはなにもできないのだ。
自分勝手なのは分かっている。
いっそ、あんなにも曖昧で、けれどひどく傷付けるような断り方をした自分を恨んでくれたらと思う。
恨んで罵って気が晴れて、忘れてくれるのならそれでもいいと思う。けれど。
彼は優しいから、そんなことはしない。したくても、出来ないのだろうと思う。
「・・・なんで僕なの、ククール」
ベッドに腰を下ろすと、古びたそれはギィと軋んだ音をたてた。
息苦しくなって、深くゆっくりと息をつく。
ついで顔を上げると、部屋を照らすランプの光がまともに突き刺さってしまい目を細めたものの、それでも眩しくて、目を閉じた。次に訪れるのは、心地よい暗闇のはずだった。
――なんで。
目を閉じた世界は暗闇のはずなのに、それなのに。
目を閉じた世界には、満月に照らされた彼の銀色の髪が鮮明に浮かんで。
とても綺麗だった。
透き通るような白い肌に、淡い光を含んだかのような銀色の髪。
涼やかな碧い瞳に見つめられたのは、なぜ自分だったのだろうか。
――彼ならば、大抵の女性はなびくだろうに。
それこそ男の自分などと比べ物にならない、美しい、彼に相応しい女性が。
何故自分である必要があったのか、と再び呟いて、溜め息をひとつ。
またぐるぐると回りそうになった思考にぶんと頭をふって立ち上がる。
――探しに行こう。
どのくらい考え事をしていたのだろうか。
宿を出ると、辺りは漆黒の闇に覆われていた。
吹く風は意外にも勢いが強く、思わず躓きそうになる。
あやうく踏みとどまったところで、後方から馬の嘶きが聞こえた。振り向くと、
そこには美しい毛並みの馬が凛と佇んでいた。
その白い毛並みは闇の中でもくっきりと映えて、とても美しい。
あらためて、この方は気高い方なのだ、と誇らしく思う。
「ミーティア様・・・」
すたすたと近づき、失礼します、と軽く一礼をして。
心配そうに見つめてくる彼女の頭をひと撫でして、にこりと微笑む。
「大丈夫ですよ、ミーティア様」
貴女は何も心配されることはないのです、ともう一度優しく撫でて手を離す。
安心したのか、彼女の瞳が柔らかく微笑んだような気がした。ほっと息をつく。
昔の思い出の、そして夢の中に出てくる彼女の姿を思い浮かべる。
美しい方だ。それは見た目だけではなく、心の中も。
まるで澄み切った水のように透明で、純粋な心を持つ人。
たとえ何があったとしても。
あなたは俺が、守りますから。
とてもとても、大切な方。
――そう。一番、大切な。
一番、と自分に言い聞かすように繰り返し口の中で呟いて、闇の中を歩き出す。
月は雲に隠れ、夜も遅いためか灯りのついている民家はほとんどなく、まだ夜の闇に
慣れていない目では前がよく見えない。
けれど今は、手探りで歩いているような感覚が嫌ではなかった。
もやもやと何かが、自分の中で渦巻いている。
その『何か』がどういうものであるのかは、分かっているのだ。
しかし出来れば、『それ』に気付かないフリをしていたい。ずっと。
いくら自分勝手と罵られようと、ずるいと蔑まれようと。
忘れたほうがいいのだ、自分も、そして彼も。
それがお互いのためなのだと強く思う。
だから、気付かないフリをしていなければいけないのだ。
あの夜。
彼の銀色の髪が月の光を反射して、まるで淡い光をたたえたかのように見えて。
一瞬息が止まりそうになった、なんて。
――それが自分にとってどんな意味を持つものか、なんて。
「・・・ごめんね、ククール」
気付いては、いけない。