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キス3題

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 そんな理由でもやもやを持て余しながら、帝人は部屋でひとり床の用意を整えた。今夜も学生の就寝時間としては遅い時刻になってしまったと自省しつつ、電気を消してふとんに潜り込む。
 目を閉じれば、ふと昼間クラスメイトから聞いた話を思い出す。

『昨日夢に好きな子出てきてさあー』
『はは、どうせエロイ夢だったんだろ』
『でも男ならエロイ夢見る事って結構あるよな?』
『あるある、竜ヶ峰もあるだろ?』

 ないとは言えなかった。
 その場のノリにはなんとかあわせたものの、帝人は今までそんな性的な夢など見た事はない。もしも現実に気になっている女子ーーー例えば園原杏里とかーーーを夢の中で辱めたりしたら、罪悪感で杏里と目をあわせられなくなる気がする。思春期の少年なのだから、欲求を一人で処理することは勿論あるけれど。

 しかし、もしあのキスが夢だったらあの男が性夢(というには可愛らしいレベルだが)初体験の相手かと思うと、自分の頭をぽかぽか殴りたい気分になる帝人だ。自分の深層心理はどうなっているのだろうか。
(大体そんな、勝手にそんな夢に見るとか相手にも失礼だし)
 日が経つにつれ、生々しかった感覚は薄れてくる。そうなると、あの出来事はやっぱり夢だったような気もしてきた。たしかにリアリティはあったが、半覚醒状態とはいえ結局自分は寝ていたのだし。そもそも彼が自分にキスなどするはずがないではないか。そうだ、あれは夢なのだ。なにかの間違いで見てしまった夢だ。
 そんな風に悶々としていたところ、そっと部屋の鍵がまわる音がした。
 はっとして闇の中目を開き、耳をすませる。勝手知ったるという様子で躊躇い無く上がり込んでくる人物は予想した通り、あの男だ。
 思わず寝たふりをしてしまったのは他意があったわけではない。今顔をあわせたら、絶対に夢のキスのことが思い出されて挙動不審になってしまうと考えたからだ。寝てると思ってそのまま帰ってくれないかな、とどきどきしながら様子を窺う。やがて相手が自分の隣に来たのが気配でわかった。

(あれ、これって)

 なんか夢と同じ展開じゃないだろうか、と考えたところで、ふっと唇に自分のものでない吐息を感じた。
(え)
 触れた感触は、間違いなく現実でーーー


 身じろぎしないように自分の身体をおさえつけるので精一杯だった。この時間がはやく終わるようにと、ただひたすらに祈り続ける。目をあけることなんかできない。絶対に。固く瞳を閉じたまま、寄せられた唇の甘さにも、さらりと額にかかった髪を掬う指先の優しさにも気づかない振りをし続ける。
 やがて、相手の気配が離れていった。それに安心したのもつかの間。

「今度は夢じゃないときにね」

 去り際に残された言葉にたまらず目をあける。そこには変わらず、闇に包まれた帝人の部屋があるばかりだ。すでにひとの気配はない。けれど。
 暗がりに一筋ただよう香りがある。これは間違いなく彼の香水の匂いだ。それを意識したとたん、己の脈が強くなったように感じた。頬が熱い。
 やっぱり最初から、すべて現実にあったことだったのだ。
 彼はきっと、帝人が起きていることに気づいていたのだろう。でなればわざわざあんなことを言うはずがない。意味がわからない、いや、わかりたくないと帝人は思った。あの人はなんでこんなことをするんだろう、今度ってどういうことだよ、という気持ちで一杯だ。
 


 初めての口づけは夢のようで夢ではなかった。それを心地いいと思ってしまった自分も現実だった。それを知ったところでどうすることもできない。『今度』がいつなのか定かではないが、『夢じゃないときに』ーーーそんな予告をされてしまっては、今夜から眠れそうにない。

 



 

作品名:キス3題 作家名:蜜虫