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キス3題

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神を堕とすそのくちづけ




 
 その日帝人は新羅とセルティの家で夕食を共にと誘われていた。約束の時間通りに向かう道すがら、これから会う予定だった人影を見つけて声をかける。
「新羅さん、こんにちは。あれ、買い物帰りですか?」
「やあ、いらっしゃい。夕食の材料に買い忘れがあったそうなんだけど、セルティは料理から手が離せないから私が買いにいってきたんだ」
 外で新羅と遭遇するなんて珍しいと思っていたら、そういうことかと帝人は納得した。恋人の待つ家に早く帰りたいのだろう、浮き立った様子の新羅と並んで歩いていたら、車道をはさんで向いの道にまたしても見知った人間を見つけて首をかしげる。
「あれ?あれ臨也さんじゃないですか?」
「え、臨也?また怪我の治療でも頼みに来たのかな」
「いや、新羅さん家に来るつもりじゃないんじゃないでしょうか。だってほら、誰かと一緒ですよ」
 そう言いながら、帝人は自分の心拍数が上がるのを感じていた。二人の視線の先にいる臨也は一人ではなかった。スタイルの良い若い女性と連れ立って歩いている。似合いの恋人同士のように見えるその様子に、心臓が締め付けられた。
「あのひと……臨也さんの彼女でしょうか」
「さあ、どうだろう。恋人か信者かって傍目には見分けにくいからねー」
 興味がないのが明らかな新羅とは対照的に、帝人はその二人から目が離せなかった。さもありなん、自分の片恋の相手が美女と二人きりで親しげにしているのを見て心中穏やかでいられる者はいない。
 二組の歩行者達は互いに進行方向が逆なため、どんどん距離が近づいている。まだ臨也の方は帝人達に気づいていないようだが、やがて女性が臨也に話しかける陶酔した声が聞こえるほどになった。それが良くなかった。
「臨也さんは本当に私の神様だわ!」
 そう言って女性が臨也の顔に自分の顔を寄せたのと、図らずも神様発言が耳に入ってしまった新羅が吹き出したのと、「かみさまって…」というドン引き及び路上キスを見てしまった衝撃で帝人が唖然としたのは同時だった。新羅の笑い声に気がついたのだろう、こちらに視線をよこした臨也と帝人の目がばっちりあう。臨也とまだ顔を重ねている女性の後頭部越しにだ。
「い、行きましょう新羅さん!」
 まだ肩を震わせている新羅を引きずる勢いで、帝人はその場から立ち去った。帝人君、と臨也が自分を呼ぶ声が聞こえたが、振り返る気にはなれなかった。



「いやあ笑わせてもらったなぁ。あんな奴が神だったら世道人心は乱れ放題だというのにね。騙される善男善女は実に哀れなことだよ」
 帰ってきた新羅と帝人を、妖精は温かく迎えてくれた。『すまないがまだ料理が出来上がっていないんだ。少しリビングで待っていてもらえるかな?』と伝えるセルティに帝人は頷いた。返って食事まで間があることをありがたいくらいに感じていた。空腹を覚えていたはずだったけれど、さっき見たもののショックで食欲どころの心境ではなくなっていたからだ。
「ああでも、あれが『口づけの三年先が見えるか』という命題に言われる『神の視点』というものの体現なのかもね。そうであればあいつもキスの最中だけは確かに彼女の神であるんだな」
「……。えっと、それってどういうことでしょうか?」
 家に帰り着いたとたんセルティの側にいたがった新羅だが『客をひとりで待たせておけるか!』と叱られ、帝人と一緒にリビングに落ち着いた。まださっきの発言を面白がっており、ほぼ独り言のように言葉を連ねている。帝人がその内容を疑問に思って尋ねれば、ふっと新羅の瞳が細められた。
「詩歌に詠われた一節なんだよ。『恋人よ、あなたにはその口づけの三年先が見えるだろうか。冗談はよせ、それが見えるのは神しかいない』っていう文章があってね。それに対する解釈はね、『恋人と口づけを交わしている最中に、その相手との三年先の未来を考えられるか。考えられないとしたら、その恋は長く続きはしない。考えられるとしたら、最中に冷静にそんな思索が可能だということはキスをしていても燃えていないということだから、情はともかく純粋な恋心はもはや消えている。口づけの瞬間に三年後に思いはせられるのは、その二人のことを常に見ている神だけだ』ってこと」
「ええと…よくわからないんですが」
 突然知らない文章の解説をされる意図が飲み込めず、帝人は首をかしげた。それに新羅は笑って続ける。

「とどのつまり、詩自体はカップルの間に一石投じてやろうっていうブラックユーモア的なからかいなんだ。口づけをする相手がいる人に、相手と将来的なビジョンが見えるかと遠回しに問いをかけて、見えると答えても見えないと答えても御愁傷様っていう」

 「で、臨也の場合だけどさー。さっきあの女の子とキスしてる最中にもしあいつに三年後が見えるかって尋ねたら、見えるって言うんじゃないかと思うんだよね。勿論恋人同士として将来を考えるとかの意味じゃない。彼女が三年後どうなってるかを予想するとか、あいつならできそうだからさ。そして、あの女の子と臨也はもともと恋人でもなんでもないわけだから、口づけの最中に三年後が見えることを非情熱的と誹られるいわれはない。ということはだよ、これはその瞬間は臨也は神の視点を持ったと言えないこともないじゃないか」
 けらけらと笑う新羅だが、帝人にはやっぱり笑いどころはわからなかった。せめても理解できたのは外国のジョークということと、
「愛情のないキスはよくないってことと、神様は覗き屋だってことだけはわかりました」
「あはは、本当にね。それを言うなら他人のキスを見ちゃった僕達も神の仲間入りができるね。あの女の子の三年後とか見えないけど」
「臨也さんの三年後だって、全然見えません」
「興味もないしね。セルティの未来ならとても興味深いんだけど」
 その言葉に、帝人はふと(あ)と思った。
(そういえば、新羅さんはセルティさんとキスをすることってないんだな)
 彼の恋人は首がないのだから、当然口もないわけで。新羅が妖精に口づけを送ることは可能であっても、相手から返ってくることはない。互いの唇を重ねるなどという行為が出来ないのはいわずもがなだ。
 それを考えると、キスの話題はもしやあまり新羅にとって快いものではなかったのではないかと、帝人は考えたのだが。
「私の未来はキスをするまでもなく簡単に想像ついてしまうね。過去と現在がそうであったように、何年先であっても変わらずセルティを愛しているよ!」
 高らかに愛を宣言する姿からすると、全く問題でないようだ。
 そこに、惚気る恋人に黙っていられなくなったのだろう。セルティがキッチンから出て来て『な、何を言っているんだ!』「勿論君のことさー!他に語るべき話題なんてないよ!」と微笑ましく見守るべきかリア充爆発しろとつっこむべきか悩ましい会話を繰り広げている。帝人はちょっと遠くを見る目になった。このカップルにとってはキスの有無なんて、幸せになるための障害でもなんでもないようで。
「いいなあ」
 お互い想い合う二人に比べ、独り身の上に片想いの相手のキスシーンを見てショックを受けている自分はいかにもみじめである。そんな気分から思わずいいなと呟いてしまった帝人に、思いがけない声がかかった。
作品名:キス3題 作家名:蜜虫