花村見舞い観察記
《 case4:巽完二の場合 》
「ちーっす」
「帰れ」
「ンなっ!?なんスか第一声から!!」
「なんかやだ!なんでお前一人で男の部屋に見舞いなんざ来てるわけ!?」
「またそのネタか!!いいかげんシメ…………らんねえよなぁ、今」
「お、今日は殊勝じゃん」
「青い顔して何言ってんスか」
…え?俺そんなひでぇ顔してる?完二に聞くと血の気ないっスよ、と返ってきた。
言われてみると、確かに寒気がするような。
「アンタも一日っくらい大人しくしてたらどうスか?」
特にその口。…ボソリとそう聞こえたのは気のせいか?気のせいじゃないだろうけど。
「つったって暇なんだもんよ……完二、なんか楽しいことねえ?」
「…ムチャ振りっスね」
完二はよほど手持ちぶさただったのか、陽介がそのへんに放置してたシャツやジーパンをたたみ始めていた。相棒もそうだけど、オカンかお前。
「いや、こういうのシワになんのが許せねぇんスよ」
「あー、お前らしいなぁソレ」
呉服屋の息子なだけあって。
ある意味感心しながら完二の手元を眺めていて……ふと思いついたことが口をついた。
「あ。アイツ男らしいから、逆に完二のこういう家庭的なとこってアピールになるんじゃね?」
ビリッ。
「な…………何言ってんだテメェ!!」
「おい、今変な音しなかったか」
「んなのはどーでもいんスよ!」
「よくねーよ!俺の服だぞ!?」
「だ、誰が直斗にア…アピールだぁ!?」
「あれー?俺『直斗』だなんて一言も言ってねぇけど」
「〜〜〜〜〜ッ!!」
ドゴッ!反論できなくなった完二が勢いを持て余して床を殴る。うわ、穴開きそう。
「つかさぁ。なぁなぁ完二、マジな話、」
「『マジな話』じゃねぇっしょ!面白がってるだろアンタ!」
「いやいや聞けって。今日みたいな時さ、直斗誘ってみたらどうよ?まぁこんな見舞いなんてイベント、直斗は興味なさそうだけどさ」
「イベントってアンタなぁ……第一、今日は」
コンコン。
控えめなノックの音がしたのはその時だった。
「お邪魔します…」
《 case5:白鐘直斗の場合 》
「直斗!?」と、陽介。
「うーす」と、完二。
噂をすればなんとやら。扉を叩いたのはまさしく今話題の白鐘直斗だった。
「遅かったな」
「すみません、クラスの人達と少し話し込んでしまいまして」
「あー、昼休みのヤツらか?」
「ええ。…あ、花村先輩具合どうですか?」
直斗が放課後に話し込む相手ができたとか、完二がそんな直斗の交友関係を少し知っているとか、微笑ましいところなんだけど………うん、ちょっと待て。
「カンジクン、ちょいこっち来ようか」
「なんスか気味悪いっスね」
ナチュラルに『気味悪い』とか言われたが、今は置いといて。
軽く身を起こし、完二の首根っこをホールド、ヒソヒソ声でまくしたてた。
「(……オマエ直斗来るの知ってたろ、つーか直斗が来るって知ってたからウチ来たろ!!)」
「(なんスかさっきは誘えっつってたくせに)」
「(そーだけど!実際に下心アリってわかるとヘコむんだよ!)」
「シッ下心ってなんだテメエ!」
わ、バカ。思わず完二の声が大きくなり、2人して恐る恐る直斗を見る。
「…?、なんですか?」
幸い、直斗の耳までは届いてないようだった。ほーっ、とまた2人して安堵の息を吐く。完二はもちろん、陽介だって後輩の好きな女に『下心』なんてワードを聞かせたいわけでははない。
「…つか、」完二が通常の声量に戻り「そりゃ直斗も来るってわかってたっスよ。むしろなんで他の人等いないんスか」
「…?どういうことだそれ」
「クマくんはいい子ですよね、本当」
………クマ???
…なんでそこでクマが出てくるわけ?
「あぁ、先輩は知りませんよね」と直斗はケータイを取り出した…完二も同じように。
デカい手と小さな手にそれぞれ握られたケータイは、そっくりのメール画面を映し出していた。
差出人は、クマ。
『ヨースケがおカゼでピンチクマ!ヨースケひとりじゃサミシクてしんじゃうクマよ〜、みんなきてほしいクマ!』
「俺はどこのウサギだっつの…」
謎が解けた。なんで皆して見舞いに来るのか。ついでに、家主に断りもせずに部屋まであがってくる理由も…メールの後半でクマが勝手に許可を出していた。
「あのクマ…帰ってきたらシメとく」
「その割に顔が笑ってますよ」
直斗が言う。笑ってる?冗談言うなっつの、あのイキモノを放置しといたらますます調子に乗るに決まってんだ。
「よく見ると一斉送信ではないですし…、一人一人に一生懸命メールを打ったんですよ」
クマにケータイを持たせたのは先日のこと。まだ宛先を複数設定できるのに気づいてないんだろう。
実際、完二と直斗のメール受信時刻には20分も差があった。あぁなるほど、どうりで一人ずつ来ると思ったら、メールが届いた順ってわけね。つかバイト中に何やってんだクマきち。
呆れる陽介とは反対に、直斗は微笑ましそうにケータイのメール画面を眺めていた。
へぇ、と陽介が瞬きする。直斗もこういう柔らかい表情するようになったのか。
ちらりと隣を確認すると、完二は直斗の横顔を凝視していて。あぁ、今また惚れなおしてる最中なんだろうなぁ。そう思って、陽介は邪魔しないよう大人しくしておく。
「あ」
…ただし、その和んだ空気をクラッシュしたのも彼女自身だった。
「それ、もう暖まってるんじゃないですか?取り替えますよ」
『それ』…?、陽介が『?』を浮かべているうちに、ひょいと額のタオルを取られた。
直斗の手がタオルを氷水に浸してきゅっと絞り、そのまま小さな両手で陽介の額に乗せようとする。ことのほか顔が近くて……りせの時とは別の意味で緊張した。
だってよ、直斗の後方からすげぇ殺気が放たれてんだって。
「…………………」
こえぇ。睨むな不良。
「い、いい、自分でやっから」
慌てて直斗から、半ば奪うようにタオルを受け取る。
「そういうのはむしろ完二にやってくれ」
「なっ………!!」
なに俺の名前出してんだ、と言いかけた完二は、
「巽君に?」
振り向いた直斗に言葉を詰まらせた。
「…確かに、巽君の顔、赤いですね」
「い、いやこれは…」
「最近風邪が流行ってますから」
ピトリ。
完二の広い額に、直斗の手があてられる。
完二、今度こそ完璧にフリーズ。
「…少し熱いですね」
スクッと直斗は立ち上がった。右手に完二の腕をとって。
「病人が病人のお見舞いしててどうするんですか、帰りますよ」
「いや、おい、」
「では花村先輩、これで失礼します。僕は巽君を送っていきますので」
「おーぅ」
「ちょっ、待て、違っ……」
なすすべもなく、完二は直斗に引きずられて帰っていった。
ソレ、風邪じゃねえけどな。