サニーディ・サンディ
*
「よー、ロイ。ひっさしぶりー」
バン、とかなりな勢いで押し開けられた扉から覗いた見慣れたメガネに、鋭意お仕事中の東方司令部・司令官、ロイ=マスタングは、ポーカーフェイスで鳴らした筈の表情を、あからさまに変えた。
眉を潜めて、とてつもなく嫌そうに。
「ノックぐらいしてから入ってこい、と何度言ったらわかるんだお前は」
しかし言われた本人は全く堪えた様子もなく。胡乱な目つきをものともせずに、適当に後ろ手に扉を閉めながらずかずかと執務机に寄ってくる。
「堅ぇこと言うなよなー、オレとお前の仲じゃねぇか」
「部下に示しがつかんだろう、と言っている。ただでさえ最近は遠慮のない小さいのが好き放題で、いつ扉を壊されるか・・・」
「ああ、噂の隠し子?」
「どんな遺伝子でああなるんだ。・・・その台詞、もし本人に聞かれたらただではすまんぞ」
「いやぁお前ならありえ」
「人の事言えるか、お前。・・・この系のネタは既婚者の方がよりダメージがいくのを分かって話を振っているんだろうな」
「あ嘘ごめんマジで悪かった止めて」
第一ラウンド、痛み分けで終了。
「―――それで君は結局何をしに来たんだね、ヒューズ中佐」
そうそう。これ、本日のお仕事。
態とらしく慇懃に問われたのを流して、取り出した薄い封筒を机に置いてやる。
「確かにお渡ししました」
無事任務完了。と、とぼけた調子の敬礼におざなりに手を振って返すと、ロイは機密クラスのはずの文書をつまらなさげに指で弾いた。
そのまま無造作に封を切ると視線で撫でるように書類を眺め、直ぐに引き出しに仕舞い込む。それから目の前の書類をペシと決済済みの山に重ねると、万年筆を転がしてグダグダと息をついた。やる気を削がれたらしい。
「・・・で?佐官が郵便配達員代わりか?中央は平和なようで良い事だな」
「なんだよ、抜き打ちで入られちゃマズイ事でもあんのか?」
「お前と一緒にするな。今更マズイ事なぞ見られるようなへまをするか」
「だよなー、ガッコん時で慣れたよな、そゆとこ」
「・・・大佐、こちらに筒抜けです」
僅かに空いた扉から副官が顔を出した。
諫めるような口調だが、このぐだぐだな2人の佐官の会話からしていつもの事だけに、ただの通過儀礼のようなもので。ようは言ってはみるが、彼女にしては聞く事を期待していないくらいには軽い。
お久しぶりです。僅かに笑顔を向けてくれる彼女の手にしたトレイから、ヒューズはコーヒーを受け取った。
「久し振りー、中尉。こないだはお疲れだったな」
「?何の事でしょう」
「ほら、この間例の准将殿が来たろ」
「――――ああ」
直ぐに退室しなくていい、と話し掛けた事の言外の位を汲んで、中尉は上官の傍らに立った。
「先週の事でしょうか」
「・・・そういえばそんなのも来ていたような気がするな。結局何がしたかったのか分からなかったが」
「あの後中央で荒れてたぞ。何したんだ、お前」
・・・つまりは仕事にかこつけてその辺のくだりを聞きに来たと言う事らしい。また閑な事を、と思わないでもなかったが、手土産も頂いた事だし、少しは相手をする気が向いてきた。
ぐだぐだ佐官その1はカップを手に、僅かに笑う。
「別に私は何もしていない」
「嘘つけ」
「本当だとも。・・・私は、な」
ただ、将軍閣下がお見えになっていた時、丁度街で騒ぎがあったんだが。
「債務者数人に殴り込まれたマヌケな金貸しがいてな。閣下は現場を視察なさりたかったらしいんだが」
「お前現場には行かなかったのか?」
「有能な部下に任せておけば良かろう、とか何とか言われて延々無駄話だ」
「・・・成る程?」
つまりそれに難癖付けてイビるつもりがさっさと事件自体をさっさと部下に片付けられてしまった、と。
「・・・それで?」
「沿道沿いに勢揃いで見事な見送りっぷりだった」
ああ、そう言えば全員の顔に書いてあったな。
思い出しても面白かったのか、彼の機嫌は急上昇だ。
傍らに佇む副官も、基本的に普段と変わらぬ済ました表情だが、珍しく楽しげだ。
・・・なるほど?
確かにさぞ見物だったろうと思う。
今でこそ、そうそう先に立って行く訳にもいかない立場になってしまったが、自分たちも叩き上げの現場育ちだ。現場に立った事もないだろう上官にデカイ顔されるのは大変に面白くない。
その時に立ち会っていなくとも、何となくその場にいた連中の心境は分かる気がする。
言葉にするとこんな感じだろう?
「おとといきやがれ、って?」
「だから筒抜けです、中佐」
作品名:サニーディ・サンディ 作家名:みとなんこ@紺