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白雨情景

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寝耳に水の情報の中、何かするなど、ちりとも考えていなかった付喪神のこころに釘が刺された。
「…………、」
子供の姿には不似合いな知識の王としての瞳に己の姿が映りこんでいる。その瞬間、屏風のぞきの気が大きく跳ねた。理由など分からない。人間で言う心の臓が止まったという感覚はこんなものかと、何処か他人事のように身の内に思った。
「……、」
言葉が出ない。気がつけば、痛みさえも完全に奪い取られてしまっていた。
一見、無反応に見える付喪神を不思議とも思わないのか、白沢は屏風のぞきの返事を求めることなく、手に掴んでいた彼を屏風の中に押し戻した。引き剥がされた時と同種の痛みが全身に起こり、五感の全てが鮮烈に蘇る。
「いっ、痛いじゃないか? えぇ、一体全体どういう了見だい! 会って挨拶も無しに引きずり出して、好き勝手に言うだけ言って、また戻すなんてさ。自分の意志じゃなく出されるなんて……こんな屈辱、あたしはこれまで遭った事が無いよ!」
 白肌を真っ赤に染め付けて一気に捲し立てる。肩口まで身を出して屏風のぞきは己の本体を抱える仁吉の小さな耳元にあらん限りの大声で怒鳴りつけた。しかし、白沢の表情は僅かなりとも変じることは無く、まるで何も聴こえないというように、屏風を元の位置に設え直して出て行った。疾風のような出来事に驚き以外を感じる余裕はない。
「何が、『承知しておけ』……さね、」
凛とした仁吉の声を記憶に戻して唇を噛んだ。不意に白沢の双眸に見た己の姿も甦る。
「……昨日続きの三隣亡なんて訊いたことが無いよ」
一気に情けなさがこみ上げた。

虫の居所が悪かったのは別に白沢の不調法が発端ではなかった。
前日、勿論、屏風のぞきは全く預かり知らぬことであったが……、身体の弱い坊ちゃんが離れに移るというので小僧が気を利かせて掃除に来た。無論、普段から風入れや掃き掃除はされている。なのに、特別に念を入れようと思ったのであろう。
小僧は、道具類を丁寧に拭いたあと、屏風のぞきの前に立った。
素人の上まだ幼い丁稚が屏風の手入れなど知るはずも無く、少年はやや思案したかと思うと、そのまま縁を拭き出した。所作は丁寧だが根本が間違っている。
『そんな濡れ物で拭うんじゃない』
怒りの言葉をどう伝えようかと屏風のぞきが思案していると、布巾の端が付喪神の顔を掠めた。確かな冷たさに全身に恐怖が走る。
反射的に音にならない叫び声を上げていた。その大気の震えが寝ていた鳴家たちを叩き起こす。慌てふためいた彼らは、屏風のぞきの怒りを含んだ驚愕に訳も分からず同調し、口々になにやら大声を上げながら屋根裏をバタバタと駆け出した。
その響きを激しく軋んだ音と聴いた小僧は部屋から急いで去る。
小僧の足音が消えたのを確認して抜け出すと、屏風のぞきは不安を抱えながら鏡に念じた。
「確かにひやりとしたよね。それに小僧ったら、あたしに触れる前に文机の上を拭いていた……。あの、墨と硯の置いてある……」
やっぱり、無音が空気に溶ける。嫌な予感というのは往々にして当たるもので、普段は映すことの無い姿を見せてくれたそれには、布巾の端に引っ掛かっていたらしい黒い点が確かに自慢の美貌に残されていた。

「全く、『坊ちゃん』というのは、とんだ疫病神だよ。」
「われのせいで、何か不都合でもあったのかい?」
 背後に幼い子供の声で応えられ屏風のぞきは慌てて振り返った。上気した頬が哀れを誘う華奢な少年が立っている。独り言を聞かれたバツの悪さより応えた相手の内容に興味が湧いた。するりと伸び上がるように近づくと屏風のぞきは、幼い一太郎に擦り寄る。口元を引き上げて妖しげな笑みを作った。
「『われ』ということは、あなたが一太郎坊ちゃんですかね?」
「あぁ、そうだよ」
 この少年は、身体だけじゃなくて、頭も、ちと弱いのかね、屏風のぞきは、明らかに家人でない上に人非なる様子の己に対しても自然と会話を繋げていく子供の様子に首を捻る。
体調が悪いって白沢も言っていたしね。熱で目が悪いのかもしれない。
屏風のぞきは思い直して、淡く消した己の足元を一太郎の眼前にひらめかせ、空中で舞ってみせた。
「……驚かないのかい?」
 叫び声一つ上げない一太郎に焦れて美貌の付喪神が問い掛ける。一太郎は少し荒くなっている息を小さく詰めて頷いた。
「なんで……」
愚問だと思いながらも抑えきれず口に出す。一太郎は、にこりと微笑んだ。
「『なんで、』って、われのことをはっきり『疫病神』と言ったこと?それとも綺麗な舞を見せてもらったのに何も言わなかったこと?」
「違う。あたしが妖で屏風のぞきだということにさ!」
「へぇ、屏風のぞきって言うんだね。」
 一太郎の感心したような声に、がくりと肩を落とす。少年は崩れそうになっている屏風のぞきの背中をさすりながら言葉を続けた。
「悪かったね。もっと驚いてあげたらよかったのだろうけど。われの兄やたちも妖だから別に馴染みが無いわけではなくて……。それに、疫病神って本当のことを言ってくれた人は初めてだったから」
「何をおかしなことを言っているんだい?一太郎は、『人』だろう?」
 当り前の事を確認する屏風のぞきの『人』とは違う思考に一太郎は軽やかな笑い声を上げる。
「うん。そうだけれど、私は、おっつぁんにも、おっかさんにも心配のかけ通しで、なんで生まれてきたのかしらと思うことがあるんだよ」
「それは……身体が弱いことは仕方が無いだろう。別に不行状をして親を泣かせているわけではないのだから、いいじゃないか」
「そんなことが出来るくらい元気な性質ならよかったのだけど……、」
幼子の吐息が屏風のぞきの頬に掛かった。熱を孕んだそれに身を翻して一太郎と向かい合う。
「人の心配などしている場合じゃないじゃないか!すごい熱だよ!」
一太郎は頬を熱に染め上げて力なく首肯した。
「すこしだけだよ。ただ家の皆は親戚が集まるから忙しそうで……。邪魔になるといけないから先にこちらに来る事にしたんだよ。……そうしたら、」
言葉を続けようと息をした一太郎の上体が大きく傾ぐ。
「もう喋るな!」
 屏風のぞきは一喝すると小さな身体を支えながら、物陰に隠れるように控えていた鳴家たちを呼び出した。部屋の隅に畳まれていた布団を引き出させる。小鬼たちの小さな身体では二つ折りにされていた布団を返すことが出来なかった。屏風のぞきは一先ずその上に一太郎を寝かせると踵を返した。
「待って、」
熱を帯びた一太郎の短い叫び声に、付喪神が動きを止める。
「……あのね。これだけは聴いて欲しくて……。舞を何も言えなかったのは……」
「おい、一太郎!今はそんなことを言ってる場合ではないだろう」
 赤かった顔は既に青へと変じていた。
胸糞悪い白沢を一刻も早く呼ばなくては!
一太郎が危険だった。屏風のぞきは朝の出来事を胸の中に仕舞いこみ、一太郎に視線を寄越す。少年は上がった息を整えることさえ苦痛なのか、肩を大きく上下させながらも、はっきりとした口調で紡いだ。
「あのね、お前が振り返ったとき、昨日、おっかさんに買ってもらった本にあった、お姫様より綺麗だったから……それで、何も言えなかったんだよ」
作品名:白雨情景 作家名:COH+