向いてない男 中
その切り通しは、幅およそ五メートル、長さおよそ十メートル。
その昔、学園が開かれたばかりのころ、隘路での訓練用に学園長が掘らせたというもので、ノミ跡も荒々しい岩壁に、両側から覆いかぶさるように囲まれている。
その狭い空間に、六人の忍たまがもつれ合うように雪崩れ込んだ。全て、い組の二人の思惑通りである。
仙蔵はその人溜りの中から抜け出そうとした。先程まで刃を交えていた留三郎は、すでに文次郎が小平太とともに引き受けている。
少人数とはいえ、目眩がするほどの乱戦だ。一人が、わずかな時間、わずかな距離を離れたところで、気付くことのできる者はそうそういない。
そして、その間隙で十分、仙蔵は火器使いとしての本領を発揮することができる。
今回もその通り事が運べば、普段どおり、い組の一人勝ちとなる、はずだった。
ところが、だ。
仙蔵が手ごろな岩陰に身を潜めようとした、そのとき。
「させるか、仙蔵っ!!」
留三郎の大音声が、切り通しに反響する。
そして、その本人は、あろう事か、目の前の文次郎を放り出して、仙蔵に向かって真っ直ぐに殺到したのである。
それに誰よりも早く反応したのが小平太だ。
「うわ、ヤバいっ!」
やはり、相手をしていた文次郎をそのままに、仙蔵へと駆ける。
あまりものを考えて戦わない小平太ではあるが、狭い場所で爆薬を使われる恐ろしさは骨髄に刻まれている。それも、他に誰あろう、仙蔵によって。
二人が同時に背を向けた相手は、文次郎だ。
みすみす無防備な背中を見逃す男ではない。
懐から苦無を取り出した文次郎が、それを投じるために右手を上げる。
それがまさに振り下ろされようとした、そのとき、別の方向から飛来した縄が蛇のようにその腕に絡みつく。
長次の縄ヒョウだ。
仙蔵を止めることができなければ、全員もろともに失格だ。その上、小平太は、ろ組の札を持ち、留三郎も、は組の札を持っているはず。どちらも、文次郎に仕留められてしまっては、長次も困るのだ。
縄で自由を奪われたかに見えた文次郎だが、顔色一つ変えなかった。
左手に握ったままでいた刀を落とすと同時に、右手の苦無を落とす。そして、空いた左手で苦無を受け取ると、それでもって、縄をぶっつりと断ち切った。
自由を取り戻した文次郎が、再び右手へ持ち替えた苦無を投じるのを、止められる者は誰もいなかった。