向いてない男 中
満身創痍の伊作は、はっはっ、と体全体で息をしながら、い組の二人に向き直った。もう、整息の術を使っている余裕も無いのである。
数合撃ち合わせては逃げ、を繰り返すこと幾度か。その間に、いつもの不運で自損すること幾度か。
まだ、致命傷と判定を受けるような深手を食らってはいないものの、体力を消耗し、動きの鈍った現状では、それも時間の問題であろう。
「つまらんな、伊作」
「悪かったな」
こちらは全く息を乱していない仙蔵の、心底から不満げな言葉に、伊作は律儀に答える。
「だから、お前は僕を買いかぶり過ぎなんだって」
「まったくだ」
にこりともせず、文次郎が頷く隣で、仙蔵は拗ねたように口をつぐんだままだ。
「遊びは終いだ、仙蔵。後がつかえてる」
「仕方あるまい」
それは、さり気の無いやり取りであったが、伊作にとっては死刑宣告にも等しい。
すらり、と刀を抜いた文次郎の隣で、仙蔵は斜に構え、右手をそっと背後に隠す。
伊作はすでに、苦無は落としてしまったし、手裏剣は撃ち尽くしてしまった。刀は鞘しかない。途中で拾った小石を手のひらの内に握りこんでいるのが、せめてもだ。印字撃ちは苦手科目だが、それでもないよりはまし。石を握った右手を、それと悟られないように拳闘の型に構える。
文次郎が声も無く、最後の攻撃のための一歩踏み出した。
だが、しかし。
弾かれたように、文次郎は頭をのけぞらせる。その鼻先を、黒鉄がかすめ飛んだ。
かっ、と鋭い音を立てて、木の幹に食い込んだそれは、棒手裏剣。
その投擲主は、
「留三郎!?」
「調子こいてんじゃねえぞ、文次郎っ!!」
手裏剣を投げた体勢そのままで、留三郎が吼える。
鼻息も荒く現れた留三郎に、い組の二人の気がそれた一瞬をついて、伊作が留三郎へ駆け寄る。
「遅いぞ!」
「すまん!」
安堵を顔いっぱいに広げた伊作に、留三郎も明るい表情で短く応じる。
そのやり取りから、この場での遭遇が伊作の策であったことが知れる。
しかし、いまさら合流したのでは、遅い。伊作がすでに消耗した今、留三郎がいくら奮闘したとしても、は組の不利はぬぐいがたい。
それなのに、何故。
仙蔵が考えをめぐらせるより早く、解答の方が能天気極まりない声を、朗々と響かせた。
「あれっ? 留三郎だけじゃなくて、い組と伊作までいるぞ、長次!」
その長身からは信じられないような身軽さで、地面から露出した岩に飛び乗った七松小平太が、にかっ、と嬉しそうに笑う。その後ろから、同組の中在家長次のっそりと巨体を現した。
六年ろ組の二人である。
これで、六年生がこの場に勢揃いしたというわけだ。
「なるほど、これが伊作の狙いか!」
思わず呟いた仙蔵に一呼吸遅れて、文次郎も感嘆とも、痛恨ともつかないうめき声をもらした。