向いてない男 中
伊作の狙い、それは、六年生全員での三つ巴戦に活路を見出すことだ。
仙蔵と伊作の争いなら、仙蔵のほうが強く、い組とは組との闘いとしても、総合力が勝る、い組が優勢になるのは分かっていることだ。
だが、そこにろ組が混ざれば、勝負の行方は途端に分からなくなる。
特に小平太は、持ち前の天衣無縫さで、綿密に組み立てられた作戦も引っ掻き回すだけ、引っ掻き回して、事態を混沌化させる名人である。
少なくとも、仙蔵が伊作に吹っかけた勝負くらいは粉砕してのけるだろう。
伊作はそこに賭けたのだ。危険すぎる賭けだが、敗北よりましだとでも思ったのだろう。
だが、それを説明しても、ろ組は動かない。だから、留三郎を餌にして、誘導させたのである。
それに気づいてはいないのだろうか、当の本人、小平太は獲物を品定めする野獣そのままの目で、楽しげに、四人の敵を睥睨している。
長次がもそもそと、小平太へ何事かを語りかけた。
「気にするな、長次! つまり、みんな倒せば間違いない。そうだろう?」
伊作の思惑に気づいたらしい長次の言葉も、小平太はどこ吹く風だ。大きな拳を鳴らして、今にも手近にいる相手に飛び掛りそうだ。
長次も慣れている。ふっと小さく息をついて、ひょうひょうと得意の縄ヒョウを回し始めた。細い目の奥に、鋭い光がすでに宿っている。
「後は任せて、お前は楽してろよ」
「そんなわけにもいかないさ」
高揚した戦意に両目をぎらつかせながらも相棒を気遣う留三郎に、伊作がほんのりと微苦笑する。その表情には、一人で戦っていたときには全く無かった余裕が伺える。
腰に差していた鉄双節棍を抜き、留三郎が構える。伊作はごく当たり前のようにその死角を守る位置に体をずらし、身構えた。
「自棄を起こした奴がやることは怖いな」
「起こさせたのは誰だよ」
他人事のような物言いで、うんざりと呟いた仙蔵の言葉を、きっちりと聞き取っている文次郎は、反駁しながらも、刀を再び構えなおし、すでに臨戦態勢だ。仙蔵も、その表情に動揺は微塵も無い。常の余裕の表情で再び斜に構えた。
空高くで、鳶が甲高い鳴き声を下界へ響かせる。
それが、乱戦の合図となった。