向いてない男 中
文次郎はまず留三郎へ打ち込んだ。
札を持っているはずだ、ろ組に先取されると、あとが辛い。
文次郎の刀での一閃を、留三郎は鉄双節棍で、がっき、と受け止める。
二人の実力はほぼ互角。このまま邪魔さえ入らなければ、白熱した戦闘を繰り広げたはずである。
しかし。
「いけいけどんどん!!」
おもむろに突っ込んできた小平太に、二人は、ぱっと左右に分かれた。
「何しやがる、小平太!」
「混ぜろ!」
当然のように要求する小平太に、文次郎は開いた口がふさがらない。
だが、もっと突飛なことを言い出したのが、留三郎だ。
「おい、小平太。文次郎は譲ってやるよ」
「おー。ありがとな、留三郎」
「はあぁ!?」
唐突に“譲られた”文次郎に一切の異論を挟む間も与えず、留三郎は駆け去ってしまった。
あんまりといえばあんまりな展開に目を白黒させる文次郎へ、暴風を纏った小平太の拳が迫る。それを、身をよじって避けながら、文次郎は抗議の声を上げた。
「何がしたいんだ、お前はっ!?」
「留三郎とは、さっき闘ったからさ。次はお前だ!」
「なんだそりゃ!!」
「安心しろ! 私も札を持っている!」
「自分からバラしてどうするんだ、お前っ!!」
「これでやる気も出るだろ? それじゃっ、いっくぞー!!」
せわしなく口を動かしながらも、小平太も猛攻は一度たりと止んでいない。
「ああ、もう、くそっ!!」
残念なことに、文次郎も小平太の無茶には慣れてしまっている。
遊びたい盛りの子犬に目をつけられてしまった様な気持ちで腹を括り、容赦のない斬撃を繰り出した。
一方、そんな境遇に文次郎を置き去りにした留三郎は、まっすぐに仙蔵へと襲い掛かった。
唸りを上げて振り抜かれる鉄双節棍を、踊るような身ごなしで、さらりと受け流した仙蔵は、留三郎へ悠然と笑みかける。
「ほう、鴨が葱を背負ってやってきたか」
「それはお前じゃないのか、仙蔵」
い組の札を持っているのは仙蔵だ、と。
留三郎はそう言いたいのである。
「ほう。それも伊作の読みか?」
「そうだ」
留三郎は頷いたが、正確に言えば、ただの伊作の勘であるらしい。確証は無い、と言っていた。
だが、留三郎はその“勘”を信じている。
「伊作に任せきりか。まるであいつの飼い犬のような奴だな」
「そうかもしれんな」
仙蔵の明らかな挑発だが、しかし。
留三郎は我が意を得たり、とでも言いたげに、にっ、と獰猛な笑顔を浮かべる。
「けど、俺を飼えるのは、今のところ、あいつだけだぜ」
一欠けらも迷いの無い言葉に、仙蔵が、ふん、と鼻を鳴らす。
留三郎が動こうとした、その機先を制するように流星錘が飛ぶ。それを、身を屈めて避けた留三郎は、その低い姿勢から膝の屈伸を利用して跳び、錘の下をかいくぐり、一気に仙蔵との距離をつめる。
至近からの、鉄双節棍の一撃をかわした仙蔵へ、流れるような連撃が追いすがる。
それもかわして、留三郎から距離をとった仙蔵は、物憂げに溜息をこぼす。
「獣の相手は好まないんだがな」
仙蔵は表情を消し、自然体で立つ。次の手を見せず、かつ、相手のどのような動きに対しても応じることのできる構えだ。
それに対する留三郎も、口元を引き締め、鉄双節棍を構えなおした。