向いてない男 中
長次は、静かだった。だが、その頭上で旋回する縄ヒョウの、ひゅんひゅんという高い音が、なによりも雄弁な警報であった。
仙蔵の流星錘とよく似た形状の武器ではあるが、数多くの武器のうちの一つとして流星錘を用いる仙蔵と違い、長次はこれに特化している。その強さは段違いだ。
対峙するのは、伊作である。手にしているのは、刀の鞘。もうこれしか残っていないのだ。
「えーっと、一応聞いてみるけど、手加減なんてしてくれないよな?」
「すまん。小平太が拗ねる……」
「ああ、うん、いいんだ。聞いてみただけだから」
表情の変化の少ない顔に、済まなさそうな色を色濃く浮かべた長次に、伊作は首を横に振った。
長次も伊作の成績については聞いている。できれば力を貸してやりたいとも思っている。
見た目はおっかないが、心根は芯から温良な長次なのだ。
「いくぞ……」
と、攻撃に先駆けてわざわざ一言かけたのが長治のせめてもの心遣いだった。
縄ヒョウが疾る。
本来狭い場所には不適のはずであるのに、武器自体がすでに一個の生物となってしまったかのように、縦横無尽に空間を縫って攻撃してくる。
伊作は鞘を構えてはいるものの、それを避けることに終始した。そうする以外に、方策は無いようにみえた。
正確に肩口を狙ってきたヒョウを避けた伊作が、その伸びきった縄を下から鞘で跳ね上げた。今しも、使い主の元に戻ろうとしていたヒョウの重さと動きが災いして、鞘に縄がくるくると巻きつく。
伊作はそのままの動きで、鞘を手近な木の股へ引っ掛けた。
長次がとっさに縄を引いたが、鞘が丈夫なせいもあり、縄がびんっ、と張っただけで武器が手元に戻ってくることはなかった。
その隙に長治との距離をつめた伊作が、その伸びていた手首をつかむ。
長治が反対の手でそれを振り払おうと手を伸ばしたが、すでにとき遅し。
神経を直接鷲づかまれたような痛みが走り、長治は伊作の思うままに、縄を取り落とし、体を反転させて、跪いた。
武術を苦手とする伊作の、唯一の得意がこの手の固め技である。
「ごめん。すぐにはめるから」
これまた心底から申し訳なさそうに、伊作が謝る。腕を外そうとしているのだ。
その声があまりにも済まなさそうであったために、つい、そうか、と頷きそうになった長次の背後で、伊作の悲鳴が上がった。そして、長次を抑えていた力が消える。
振り返った長次の背後で、伊作が涙目になって頭を抑えている。
「大丈夫か……?」
「と、鳥の糞が……」
高所から落ちてきたそれは、実に痛い。涙目にもなるだろう。
不運であった。
「あ、でも、頭巾の上からだから、まだ良かったかも……」
「そうか……」
伊作の隙に付け込む気にもなれない長次は、同情をこめて一つ頷いてやった。