向いてない男 下
「なんだ、てめぇ! やろうってのか!?」
「望むところだ! 中途半端に終わった続きをしてやろうじゃねぇか!!」
口論から、拳闘へ、あっという間に発展した二人の名前を、今更述べる必要も無い。
毎度、おなじみの光景であった。
「ふん、疲れ知らずのアホどもめ」
「私も動き足りないな。混ざろうかなぁ」
「やめておけ……」
「夕飯時も近いのにねぇ」
他の六年生は一瞥もくれずに、学園への帰路を歩き続ける。
あの二人の喧嘩に割ってはいる無益さは、全員、身に染みてよく知っている。そして、放置したほうが、結果的には被害が少なく済むことも。
ただでさえ、実習で駆け回った後なのだ。好んで暴れまわりたがるのは、小平太くらいのものである。
特に伊作は、もともと実戦が不得意である上に、不運体質もあって、体中擦り傷だらけ、忍装束も泥と枯葉にまみれている。歩調も、他三人に一歩遅れがちであった。
仙蔵がわざと歩みを遅らせて、その伊作と肩を並べる。今回、彼は敗者であるのだが、勝者である伊作と違ってほぼ無傷だ。
「今回は、全てお前の手のひらの上だったな、伊作」
「雨烏の術だよ。次に同じことはできない」
「確かに、お前があそこまでしてくるとは思わなかったな」
伊作以外、全滅。
今まで、その逆はあっても、このような結果になったことは無い。
だが、仙蔵は度々、今回の伊作と同じような手を使い、勝者となってきた。だから、今回の伊作の策の全容をあらかたは悟っている。
しかし、いくつか疑問点が残っているのだ。
「聞きたいことがある」
「なんだい?」
「まずは、そうだな……私たちが、あの切り通しへ誘導することは、お前の予測のうちだな?」
「うん」
今回、伊作があの場所で乱戦になるように謀ったのは、自棄を起こしたわけではなかったのだ。
切り通しに近いあの場所で、六年生全員が乱闘となれば、混乱を嫌う火器使い、仙蔵が全員を切り通しへと誘導し、得意の焙烙火矢で一気に始末をつけようとすることを予測し、その状況を逆用しようとしたのである。
あの切り通しのように狭い場所は、火器だけでなく、薬を用いるにも都合がいい。また、風向きが一定であるため、風上に立てば安全かつ速やかに空間全体に薬を撒くことができる。
「ならば、始めからお前たちが、あの切り通しに戦場を移せばよかっただろう。なぜ、わざわざ一段階踏んだんだ?」
「そりゃ、僕たちじゃ騙しきる自信が無かったからさ。あんまりわざとらしいことをしたら、お前や文次郎はすぐに気付くだろ」
伊作は情けなく目尻を下げて、頭をかいた。
「そうなるよりは、仙蔵が動くことに賭けた方がいい。自分で考えて下した結論に、疑いを向ける人間ってなかなかいないからね」
「不運委員長のお前が、賭け、なぁ……」
「それでも勝てる、分のいい賭けだと思ったんだよ。仙蔵なら、気付いてくれるって」
しかし、もし仙蔵が動かないようなら、留三郎とともに、戦場を切り通しから遠ざける振りをするなどして、水を向けるつもりではあった伊作だが、そこまでは口にしなかった。
仙蔵は、褒められた気はせんな、と呟いた。
「では、次は確認なんだが……」
「うん?」
「今回、始めから留三郎は捨て駒だったんだな?」