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[童話風ギルエリ]狼と馬のお話

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 照れたギルベルトはろくに口も聞かずに寝床に潜り込み、エリザベータに腕をさしのべて眠りにつきました。

 エリザベータはキスをねだる間もなく眠る姿勢に入ったギルベルトの胸に額をつけて、静かに目を閉じました。

 その夜ギルベルトは夢を見ました。
 厳しい鍛錬と少ない報酬、名誉という名の呪縛に囚われて、ライバルを蹴落とそうとしのぎを削っていた少年時代の夢でした。
 夜半に何度も目覚めては、腕の中のエリザベータを抱きしめ、ギルベルトは不安の原因を考えました。
 エリザベータの体は細く、旅を続けて満足に食事を取れたこともほとんどないせいかますます折れてしまいそうに見えました。彼女は狩りも得意で朗らかで、行く先々で可愛がられましたが、夫であるギルベルトはいまだに野盗としておたずね者でした。そのために彼女が嘘をつき、仲良くなった人々と別れるのを見るたびに、ギルベルトは鋭い痛みを感じていました。
 彼は思いました。自分は、このたった一つの大事なものを失わずに済む方法も、傷つけずに済む方法も、そればかりか、幸福にする方法さえ、学んで来なかったのだと。それが自分の心に大きな影を落としているのだと、そう考えました。
 自分はエリザベータを満足に食べさせてやることも、ひとつところに落ち着かせてやることもできないのだと、旅はギルベルトにとって思い知ることばかりでした。
 だからこそ、彼はもっとも欲しいものに決して手を出せないのでした。

 朝、狩りに出た二人は、昨夜エリザベータが通った道をリボンを探して歩きましたが、リボンは一向に見あたりません。
「仕方ないわ、歩き回りすぎておなかもすいちゃったし、このまま町に出ましょう」
 二人と一匹は町に入り、狩りの獲物を市でいくらかのお金に換えると酒場に入りました。子羊を抱いたエリザベータを見て、酒場の客は不思議な顔をしました。
「この町は、鷲の紋章のお客様が多いのね」
 エリザベータはギルベルトと一緒に隅の席につくと、小さな声で言いました。
「あれは正規の騎士団の紋章だ。草原への遠征軍が、今更ここまでたどり着いたんだろう」
 ギルベルトはことさら声を低くして答えました。
 エリザベータはギルベルトがかつて教育を受けた兵士であったことは察していたので、それ以上は問わず、二人は手早く食事を済ませて、町を出ることにしました。
「そこの二人、お待ちなさい」
 酒場を出ようとする二人に声をかける者がいました。
 鷲の紋章をつけた騎士たちが一斉に姿勢を正します。
 その間から現れたのは、昨夜の騎士でありました。
「ローデリヒさん」
 エリザベータは息を呑み、ギルベルトに寄り添いました。
 と、いつもならば優しく肩を抱いてくれるはずの腕がこわばっています。
 見上げると、ギルベルトはローデリヒを見つめたまますべての感情を押し殺すように無表情になっているのでした。
 いまだかつて、これほど激しく鋭い表情を見たことはありません。エリザベータは血の気の失せたギルベルトの手を強く握りました。
「これは、あなたのものですね。エリザベータ」
 ローデリヒはギルベルトにかまわず、丁寧に折り畳んだリボンを取り出しました。
「はい、ありがとう・・・」
 差し出されたリボンに手を伸ばしかけて、エリザベータは手を止めました。ローデリヒには名を名乗ってはいないのに、なぜ彼は名前を呼んだのでしょうか。
「お探ししておりました、エリザベータ姫」
 ローデリヒは改めてひざまずくと、恭しくリボンを差し出し、エリザベータの手のひらに乗せました。
「ギルベルト、ご苦労でした。姫の護衛はこれより私の騎士団が行います」
 エリザベータは稲妻に打たれたように立ちすくみました。
 ギルベルトは、リボンを握りしめて立ち尽くしているエリザベータを穴があくほど見つめました。
 ローデリヒは彼と競いあった騎士であり、ギルベルトが寄せ集めの名ばかりの一団を任されたのとは違って、王宮に滞在する立派な騎士団を率いているはずでした。
 それが今、羊飼いの丘で出会った異国の娘を姫と呼び、恭しくかしずいている様は幻のように思えました。
「人違いです。これは、よく似たものをそのお姫様が持っていたんじゃないかしら」
 エリザベータは言い、ギルベルトにいっそうしがみつきました。
 ローデリヒは振り返り、側にいた騎士から小さな絵を受け取るとエリザベータに見せました。
 それは、リボンで髪を束ねたエリザベータの肖像画でした。
「人違いです」
 エリザベータはもう一度言いました。
「私は狼の妻です。ほかの誰でもありません」
 呪いにかけられたように身動きせずにいたギルベルトが、その肩を引き寄せました。
 ギルベルトはささやきました。
「人違いでも、こいつらがいいって言ってるんなら世話になったっていいんだぜ。温かいところでうまい飯をたらふく食える」
「その通りです。あなたが狼と呼ぶこの男も、誘拐の濡れ衣ではなく姫を守り抜いた栄誉を得て、しかるべき報酬を受けるでしょう」
 エリザベータは二人の顔を交互に見て、泣きそうな顔で首を振りました。
「どうしてそんなことを言うの、ギルベルト」
「俺と一緒にいるよりも幸せになる道がおまえにあるのなら、おまえはどれを選んでもいいんだ」
 肩を抱く手に手を添えて、エリザベータはギルベルトを見つめました。そして、狼の目に怯えの色を見てとると、彼をきつく抱きしめました。
「そんな道はどこにもない。わたしはあなたと幸せになりたいの」
 国を失い、放浪の旅に出たエリザベータは、かつて父が治めていた土地のあちこちで幸せを祈って送り出されました。
 民に幸せを祈られた命を無碍にはできず、けれども行く末に希望も得られず、せめて誰かのために己を使い果たして消えていこうと、選んだのがギルベルトとの出会いでした。
「あなただけが、わたしに、花と仕事をくれたのよ? わたしを、ただのわたしだけを欲しいと言ってくれたのは世界にあなただけ」
 ギルベルトのもう片方の手が、ふるえるエリザベータの肩に回されました。
 エリザベータの髪にはいつも花の飾りがあります。それはギルベルトが摘んだ花を飾って以来のエリザベータのお気に入りでした。
 どれだけの苦しみと引き替えにしても、失いがたい半身を二人は手にしているのだと、狼と馬はひらめくように理解しました。
「どうするのですか、ギルベルト」 
 冷たい金属の音がして、二人が顔を上げると、周りはすっかり騎士に囲まれていました。
「おまえは、おまえたちはどうするつもりだ」
 ギルベルトは問いました。
「我々の役目は、エリザベータ姫を連れて王宮へ戻ることです」
「王は、東の国と戦う理由にお姫様を担ぎ出したいんだな」
 ギルベルトの言葉に、エリザベータが青ざめました。
 ローデリヒの騎士団は、エリザベータの意志に関係なく彼女を連れ帰るつもりなのでした。
 それに、ローデリヒや彼らの国があきらめたとしても、東の国との戦争に草原の国の姫君はとても好都合でした。彼女がそこにいるだけで、東の国は草原の国を滅ぼした悪者になり、民はみなエリザベータの運命を悲しんで東の国を憎むでしょう。
 ギルベルトは腕の中の妻を抱きしめました。