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シュラバンチュール

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03:28

一向に眠気がこない。寝返りをうってみたところで、肌触りの良いベッドシーツは己の体温のせいで心地の良い冷たさなどなかった。暗い部屋の中で、こういう来て欲しい時に限って睡魔はやってこないのである。苛立ちが募り思わず舌打ちする。その音がやけに大きく聞こえて自分でも少し驚いた。

ほとんど無音のこの暗い寝室では、さきほど起こった出来事を嫌でも思い出してしまう。回想シーンが頭に浮かんでくるのを振り払うように枕に顔を押し付けると、彼の安いシャンプーの香りがほのかにしたような気がした。込み上げる焦燥感に、乾いた笑いが出た。彼の事は存外気に入っていたらしい。

自分でもひどい事をしていたと思う。まぁ、己は人間を愛していると言って博愛主義を掲げていたのだから、彼もそれは承知の上だったのだろう。それにしても、同性とはいえ交際しているのにも関わらず他の女と関係を持つのは最低だろう、一般的に考えると。さらにそれを何回も繰り返した。
地獄に落とされても文句は言えまい。

しかし、彼にそれを一回でも感付かせた事は無かったはずだ。情報屋という一見ふざけているとしか思えないような職種に就いている身である。他の女と会う予定など、洩れる筈も無く。彼には自分の仕事道具には触れさせなかったし、彼も変なところで謙虚だったので触れようともしていなかった。

彼は自分が目にしてきたどんな人間よりも、謙虚であった。非日常を渇望しているのにも拘わらず、臆病で、かといっていつも受け身でもない。見ていて飽きなかったし、多分まだ飽きもこないと踏んでいた。
それに、彼のはにかむ様な笑顔を見るとなんだか、心地よかった。心身ともに汚くなってしまったのが、その時だけは何処かにいってしまうような感覚だった。
浮気なんてくだらない事で、彼を失うのは少しもったいないなとも思い始めていたのだ。

ちょっと胸糞悪くなるような仕事の後は彼と一緒に過ごす。
今日もそのつもりだった。


なのにどうして。






23:00

煙草は滅多なことでは吸わないが、上手くいかない時や自虐的になった時には手を出してもいい事にしている。今日の仕事は手間をかけたのに相手の反応がテンプレであり、たいして収穫がなかった。ついてない。
帝人君が来ているが気分がのらないので、アルコールも摂取することにした。

「今日なんか嫌なことでもあったんですか?」

「んー、そんなとこかな」

俺は煙草とビールを飲みながら適当に返事をする。彼は未成年なので俺が今嗜んでいる所謂大人の嗜好品に興味を持ちつつ、俺がそれらに手を出していることが珍しいみたいだった。

テレビの音が聞こえる。先ほどから放送しているのは芸人の番組らしく、笑い声が少しうるさかった。俺たちはソファで寛ぎながら見ていたのである。俺はそういうのにはあまり興味はないし、帝人君が見ているので便乗しているだけだが。

「臨也さん、ちょっと聞きたい事があるんですけど」

「なに?」

彼は質問しておいて、目線はまだテレビからは外れていなかった。礼儀正しい彼には珍しいなと思う。

「あの…」

「なんかの情報が欲しいの?素敵で無敵な情報屋さんが帝人君のために何でもお答えしちゃうよー?」

なんて軽口を叩いてみる。彼は、俺から無償で与えらる情報には抵抗があるらしいので、こうやって冗談を交えてやる。そうすれば彼の中の申し訳ない気持ちが軽くなるらしい。いつもこうすると、少し冷めた目線をこちらに投げつけながら本題に入るのだ。

「情報って言えば、まぁある意味情報なんですけど」

今回はなかなか勿体ぶるらしい。そんなに言葉に出し辛いお願いなんだろうか。
ゆっくりと彼がテレビから視線を外し、振り向く。大きめの瞳がまっすぐ俺のそれと交わる。

「臨也さんが僕に隠してること、っていう情報が欲しいんですけど」

理解するのに少し時間がかかった。まるで耳から入った彼の言葉がゆっくりと血管をたどり脳にたどりついてその答えについての正しい回答を計算するかのように。

「いやぁ、帝人君に隠してるわけではないけど、君が知らない情報を全部話すのはさすがの俺でも無理かなぁ」

少し間が空いてしまったが、自然に答えられたはずだ。視線だって逸らしてはいない。質問の意図はよくわからないが、俺の中では彼に対して後ろめたい理由があるので少しひやっとした。

「いえ、そういう意味では無くて。臨也さんが僕に対して意図的に隠してることです。たとえば…」

「たとえば…なに」

「浮気、してますよね?」

「へ、」

まずい。声が上ずってしまった。
彼の瞳孔がスッと細くなる。すこし大きめの、言ってしまえば可愛らしい目の形をしているのに今はとてもじゃないけれど可愛らしいなんて言える様子ではない。

「そんなの、あるわけないじゃん」

と言いつつも心の中では、いったい誰とのが。と最低なことを考えている。数が多すぎてどれかわからない。
彼は俺のとしばらく見つめ合った後、フッと息を吐いた。彼が俯く。

「そうですか」

とぼそりと言って彼は席を立つ。その顔にはわずかな疲労が見えた気がした。そんな諦めたような顔する子だっけ、君。

「ちょっと、全然納得してないよねその態度」

俺もあわてて彼を追う。彼が向かっているのは明らかに玄関であり柄にもなく焦る。
歩幅は圧倒的に俺の方が大きいのですぐに追いついた。止まる様子も無いのでしょうがなく彼の腕を掴むと、勢い良く振り払われた。

「納得も何も、あからさまに動揺しておいて良くもそんなこと言えますよね」

それ、と彼は俺のVネックのシャツを指差す。声が上ずってた時にビールこぼしてましたよ、と。
言われてそこに目を向ければ確かにシミがあり、言われるまで気付かないほど俺は動揺していたらしい。
口を開いて反論しようとしたが惨めな言い訳の様にしか思えなくて、言葉が喉に痞える。

「じゃあ、さよなら」

そういって出ていく帝人君に何も言えないまま、俺は玄関に突っ立っていた。

テレビの音がここまで聞こえるほどに大きいのに、静かだと感じた。煙草の煙がリビングの天井で行き場がなくもがいている。





作品名:シュラバンチュール 作家名:よしきり