かなしさは蒼に逝く
今は、見つけられたのかな?戦う意義を、目指すモノを、君自身の中に見出せたかな。
焦らなくても、良いんだけれどね。君は君のままで良い。
もしもね、もし君さえ良ければ、僕達やかつての仲間を想って戦ってくれたら、それはそれで嬉しいです。
実は、君には言って無かったけれど、異世界と通信が出来るシステムを、作ったんだ。
向こうの皆も同じ事を思っていてくれたらしくてね。向こうと此方で、現状報告も兼ねて意見交換などもしている。
皆、それぞれに交流があったりするんだ。
ただ、君だけは連絡が中々取れなくて、居場所も掴めなくて、報告が遅れた。本当御免。
信じられないかもしれないけれど、この通信方法、あのバルドナ・ドライブを応用してるんだ。
決して悪用したりしなければ、ある意味、素晴らしいモノだと僕は思うんだよ。
異世界の人々と交流が取れるんだし、面白いと思わない?
人と人の繋がりって、脆いからこそ尊いんだ。
だからこそ、大切なんだよね。
あの頃の君は、冷静で正確だったけれど、僕にしてみると、なんとも不安定な子でした。今だから言えるけどね。
その眼には何が映っているんだろう、って、細い体に様々な重圧を背負わなければならない君が、心配でした。
"大切だ"、と言ってくれたその人には、会えたでしょうか?
今なら君は、その人にどんな答えを返して上げられる?
返し方が分らないから与えられるモノなんていらない、って、君はそう言った。
でも相手は、"受け入れて貰う"事は望んでいなかったんだろう?
取り敢えず、受け取ってみたらどうかな。
君は、感情面が不器用だから。返さなくても、今は良いのかもしれないよ?
苦手だろうけどね、君の思う事を1度、相手にぶつけてみるのも手だよ。
本当に相手が君を大事に想ってくれるなら、きっと受け取ってくれる筈だから。
長くなったけれど、本当は、会って伝えてあげたかった事なんだよ。
ルリも会いたがってるし、会わせてあげたかったのだけれど。
君も大変みたいだし、無意味に我儘を言っても君を困らせるだけだと思い、手紙に託しました。
返してくれなくても、良いよ。一方的でもなんでも、君自身を大切に想う人は、大勢居るんだって、知って欲しかった。
また書きます。取り敢えず本当に報告だけ。
君は嫌かもしれないけれど、僕は、君を息子だと思っているから。
遠くて、中々会う事など出来ないけれど、
いつでも君が幸せであるように、祈ってます。
アキト・テンカワ』
再び読み直し、改めてヒイロは深々と溜息を吐いた。
そう、あの戦いがあったのは、リリーナが誘拐される以前にヒイロが1人放浪していた頃だ。
居場所を無くし掛けたヒイロは、無意識の内に何かを求めるように彷徨い、しかし何も得られぬまま、当てど無く進み続けた。
その矢先にあった、戦争。
誰も自身など知らぬそこは、1から土台を作るように、彼を違った意味で確立させる良い機会でもあった。
「・・・相変わらず、甘い。」
眉間に皺を寄せ呟くが、口元は苦笑のソレ。
心の奥がほんわかと温まったようなソレに、ヒイロは少し機嫌を降下させた。
だが、その理由を自身が理解しているだけに、嫌悪を抱く事は無い。
(居場所・・・か・・・)
彼の心に作られた穴を、言葉で埋めたのはアキトであったと、ヒイロには自覚があった。
だからこそ、妙に心を許してしまっている部分は否めない。
甘えも安らぎも許されない身であったけれど、手放しで受け止めてくれる存在が、疎ましい筈が無い。
人に受け入れて貰える事の喜びと、自身にも出来るのか、と言う疑心で埋め尽くされた、背反した感情。
それすらも覆って、大丈夫だと、微笑んでくれた。
変わらねばならない、他でも無い、自身の為に。
アキトから授けられた思いは、ヒイロの心に波紋のように広がり、それはヒイロの何かを変えたのだ。
『"大切だ"、と言ってくれたその人には、会えたでしょうか?』
出会いすら、奇跡のなせる業だと、アキトは言った。
会えると言うのは、自身が起こす奇跡なのだと。
「なら、俺も、その奇跡を甘んじて受けているだけでは・・・駄目、だよな。」
今は受け入れなくても良い、受け取るだけで良いと。
何時だって、アキトの言葉はヒイロの背を軽くし、押してくれる。
本当に、ぶつけたら受け取ってくれるのか、実際ヒイロも不安ではある。
だが
「何時までも、このままで良い訳が無い。」
生まれ変わる為に、強くなる為に。
自分の為に、変わりたい。
ヒイロは椅子から立ち上がると、しっかりとした足取りで部屋を出た。
その手には、アキトからの手紙が、しかと握られていた。
扉を隔てたその向こう側から、控えめなノックの音が聞こえた。
「どうぞ」、とさして意識しないままに相手を迎え入れるつもりで返事をした。
そうして開かれた扉の向こうに立っていた相手を認めた瞬間、驚きに開いた口が閉まらなかった。
「・・・突然、済まない。」
「ひっ、ヒイ、ロ・・・・・・」
「今、時間は空いているか。」
あくまで表情を変えずにいる相手なのに、必要以上に動揺を隠せない自分が、全く以て情けなくなった。
「とっ、取り敢えず、入れよ。」
何時までも出入り口に立ち尽くしている訳にも行かず、室内へ入るように促す。
一瞬躊躇うような素振りを見せたが、しかし静かに、扉を閉めて、ゆっくりと室内へと入って来た。
普段からあまり気配と言うか、存在感を感じさせない生き方をしているが、2人きりの時でさえ、それは変わらない。
無音の歩み。自身のソレも確かにそうだが、寧ろヒイロの足音は、ヒタヒタと近寄る、死神のような気を起こさせる。
突然の訪問に落ち着かない自分とは対照的に、真直ぐに自分を目指して歩いて来る瞳は、死神だって逃げ出しそうだ。
実際の所、嬉しい反面忙しない感情に占拠され、心は混乱状態に陥っていた。
「あっ、何か飲むか?ソファにでも座って待ってろよ。」
「別に、良い。」
どちらの事を差しているのか、とも思ったが、体の重みを感じさせない動作でふわりとソファに身を沈めたのを見て、飲み物の事だと判断した。
場を持たせようとの苦肉の策だったが、ひょっとしたら彼は見透かしていたのかもしれない。
ただ、彼の場合、鋭さと鈍さが紙一重の所で鬩ぎ合っている状態で、時折、本当に同一人物であるか疑わしい程に顕著だ。
この場合、計算か天然か。そのような事をのんびりと脳内で考えられる己の状態に嗤った。
それ程、目の前の異常事態はとてつもない威力なのだ。
そも、先ず互いの部屋を行き来するような間柄では決して無い。
ヒイロは自分のテリトリーへ他人を入れるのを嫌うし、万が一無理に入ろうものなら、それこそ翌日の朝日を拝める確率は五分、と言う所だ。
またヒイロが俺の部屋に来るような事も、かつて1度も無かった。
誘った事もあるが、「それに何の意味が?」、と冷ややかな表情で返されては二の句も告げない。
完全な一方通行だと分かっていたからこそ、分相応な高望はしなかった。