自分の記憶には責任を持ちましょう
そうあれは最悪の朝だった。
目覚めたら、そこは白い見知らぬ天井だった。
ここはどこだろうと身じろぎした瞬間、ふと人の温かみを感じた。横をみれば黒髪に端整な顔立ちをした男ーー臨也が寝ていた。それだけでも硬直する事態なのにお互い全裸な上に一目でわかる色濃く残った情痴の後。何がどう残っていたのか詳しくは言いたくない。
「臨也!! 起きろ!」
横で寝ている臨也を無理矢理揺り起こせば、重たそうな瞼がゆっくりと数回瞬きしてからこちらをみた。
「し・・・ず、ちゃん?」
定まっていなかった焦点が静雄をとらえた瞬間に臨也が跳ね起きた。「ちょ、なにこれ!?」
臨也はシーツをまくり、静雄と同じようにお互い全裸であることと情痴の痕跡を見つけると、勝手に独りでに昨日の記憶をたぐり始めた。
「えっと、昨日は・・・そうだサイモンのところで酒をのんで、それから・・・あ〜」
臨也はこの異常な状況を理解できたようだが、静雄はさっぱり事情がのみこめない。なぜ、どうして、こうなっているのか速やかに説明してもらいたい。
なので胸ぐら、はつかめなかったので肩につかみかかった。
「おい、臨也。どういうことか説明しろ!!」
すると臨也の瞳はまるで信じられないものをみるように静雄を見つめた。
「シズちゃん・・・もしかして何も覚えてないの?」
ぐっと静雄をは言葉につまった。事実、静雄は昨日の事をなにも覚えていない。だか、臨也がすべて悪いに決まっていた。池袋か新宿で起こっている悪事はすべて臨也のせいだと半ば静雄は本気で思っている。
「・・・まさか、ここまできれいさっぱり忘れるとはね」
臨也にしては非常に珍しいことに、あきらめたようにため息をついた。
「・・・うん、わかった。まぁ、俺も酔ってたし」
しばし何かを考えているようだった臨也は独り言をつぶやきながら一人で納得していた。それが静雄は気に食わなかったが、覚えていないものは覚えていないのだから仕方がない。
「ねぇ、シズちゃん。こうしよう」
臨也がぐっと顔を近づけてきて、思わずドキッとする。
いやどうして臨也にドキッとするんだ。静雄の困惑に気づかずに臨也は続ける。
「俺たちはもうお互いにいい大人だ」
少なくとも自分の行動になんら責任がもてない子供ではない。
「俺も静ちゃんも酒を飲んでいた」
酒は理性というものをなくし、行動を前後不覚にする魔法の水だ。
「だから・・・」
臨也は一拍おいてからこう言い放った。
「なかったことにしよう」
ね、そうしよう!
とてもいい方法を見つけたとばかりに臨也は早口にまくしたてた。
「それがいい! それに静ちゃんは覚えてないんだからちょどいいじゃないか!!」
臨也は唖然としている静雄のことを無視して、ベットから抜け出すと転々とベットまでの道筋に脱ぎすててあった服へと手を伸ばした。
下着とズボンを素早く履くと近くに落ちていた黒いVネックを着込む。最後に仕上げとばかりにぐちゃぐちゃになったコートに袖を通せばーー多少よれているが、いつもの臨也だ。
そのままでていくのかと思ったが、臨也はぐるりと振り返り、ベットにのりこんでまで静雄にせまると手を握ってきた。そして真剣な目をしてもう一度こう告げた。
「これは事故。不慮の事故。だからなかったことにしよう」
それは静雄ーーというよりも自分自身に言い聞かせているようだったが、あまりに真摯な目をして臨也が言うものだから静雄はコクリとうなずいていた。
「よかった」
あからさまに安堵した表情をする臨也になぜか静雄は不快感を覚えた。しかしそれを静雄は表情にだすことはしなかった。
「じゃあね」
今度こそ臨也は振り返ることもせずドアの向こうに消えていく。
そして今だこの状況を脳で処理することが出来ず思考が停止している静雄がホテルのーーしかもラブホテルの一室に独り取り残された。
静雄はあまりに予想外すぎることがことが起きると思考がオーバーヒートし、切れるという行為事態を忘れるのだと初めて気がついた。
作品名:自分の記憶には責任を持ちましょう 作家名:1rin