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ある窃視者と詐欺師のはなし

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3

 潜在能力系クラスに顔を出すと、潜在能力系トップの飛田裕が僕のところに名前の通りに飛んで来た。殆どの学生はもう帰寮したのか、数人しか残っていなかった。
「お疲れさま!」
「飛田、ただいま」
 飛田、と呼ぶようになったのは、初等部を卒業してからだ。理由は、それまでのように「委員長」と呼ばれるのを彼が厭がったからだった。だって、僕、もう委員長じゃないよ。そう呟いてその慣れた呼び名を拒否した彼に対して思わず浮かんだ「どうせ中等部入っても委員長にさせられると思うよ」という言葉は呑み込んだ。
「最近サボってばっかりだったから、顔出しに来た」
「サボってたなんてとんでもないよ、仕事だから」
 飛田は吃驚したような顔をして僕を慰めるように肩を叩いた。僕は内心嬉しくて飛び上がりそうになる。そうだ、僕はこうされたくて、ここに来たのだ。まるで飼い主に撫でられることを待つ犬のようなものだ。そして飛田はいつでも、僕が求めているものをくれるのだ。
 まるで「親兄弟」みたいに僕を慰めて、甘やかしてくれる。
 そんなことは噫にも出さずに、僕は肩を竦めてみせる。まあね。ちょっとは大変だったんだから優しくしてよ。そんな図々しさ。
「どう?順調?」
「うん、社会に貢献できるって素晴らしいことだよ」
 我ながら心にもないことを、と呆れつつ、言った僕に彼は微笑んだ。
「そうだね」
 わかるよ。その柔らかい表情に、そしてこっそりと覗いてしまったその言葉と寸分違わない心情に、僕は心の中で酷い罪悪感を燃やす。彼の「仕事」は僕のそれとは違って、本当に社会に貢献しているのだ。だから彼は心から充足できるのだ。
 僕とは違って。
 でも僕はそれを口にしない。彼も僕が心を読むことを知っている。人の秘密を暴いて生きる窃視者であることを知っている。しかし、僕の葛藤も絶望も知りはしないだろうと思う。理解もできないだろうし、そして理解などしてほしくもないのだし。
 飛田にはただ優しくあってほしい。僕はただそれに甘えたいだけだ。図々しくも。
「僕らも帰ろうか」
 最後まで残っていた生徒が「お先に失礼しまーす」と僕たちに挨拶をして出て行った。飛田は僕に問うて首を少しだけ傾げた。僕も頷く。
「帰ろ」
 電気を消した教室には未練すらなく、僕らは二人で顔を見合わせて、微笑み合う。

 飛田裕の能力は、他者に幻覚を見せることである。一体どういう原理で行われていることなのか、僕にはよくわからない。脳に操作を加えているのか、それとも視覚に?
 兎に角、生徒会の幹部でもある彼が外部の仕事に呼ばれるときというのは、ヤンゴトナキ方々の病の苦しみを緩和する時とか、とんでもない秘密を知ってしまった大臣の記憶を塗り替える時だとか、集団ヒステリー状態になっている人々を目覚めさせて助けたりとか、そんな場合だった。少なくとも彼から聴く話はそういう物が多かった。僕も「節度」を守って彼の仕事のことに関して心を読むようなことはしないようにしていた。奇妙な習慣だ。
 守秘義務があるので、大概の仕事に関して僕らは話をしたりはしないけれど、それでもぼそぼそと話せる範囲で仕事の話はした。だから彼は僕が警察の取り調べをたまに「手伝って」いることも知っている。
 昔、彼が文化祭のお化け屋敷のために幻覚を造り出していたことを僕はたまに思い出す。人々の心に恐怖心を植え付けるなどということには慣れていなくて、途中で倒れてしまった彼を。
 人の心を見慣れてしまった僕は、彼のそういう純真さを護る必要があると思った。むしろそう思い込むことによって己を救いたいような気持ちすらあったのだ。人の心に簡単な、ちゃちなお化け屋敷程度の恐怖心を植え付けることにすら苦痛を覚えるような、そういう柔らかく、優しく、真摯な心を、僕は護りたかった。
 勿論、彼なりの葛藤や罪悪感や恥辱や欲望というものが全くないわけではないことを僕はよく知っている。でもそれは誰の心にでもあるものだ。ただ僕の知る限り、人の心を生まれたその時から読み続けてきた僕の知る限り、最も美しい心を持つ人間が、飛田裕という男だったのだ。
 だから僕は、優しい人の優しい心が傷付くのを防ぐために彼のアリスが使われることがいつまでも続くのだと夢想していたし、希望していた。あとから考えてみれば、僕はとんでもなくアリス学園と言う組織を、あるいはそれを利用し続けてきたこの国を、舐めていたのだ。