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愛する者の剣と盾

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02.事件



 薄暗い部屋のなかで、目を開ける。
 高い位置にある窓から光が差し込んでいるから、時刻はまだ日中らしい。
 霞がかかった頭でそう考えながら、自分の現状を把握して最悪の気分に陥る。

「あー…」

 さて困った。本当に困った。どうしてこんなことになったんだろうか。いや、理由自体は明確なんだけど、自分が陥った状況を認めたくないのだ。

 僕は暫く眠っていた…というか、もう少し露骨に言えば気を失わさせられていたらしい。

「とりあえず、園原さんを巻き込まなくて良かった、のかな」

 黙っていると不安が倍になって押し寄せてくる気がして、強がるようにわざとそう口にした。
 私が目を覚ましたことで姿を見せる人物もいないし、こうして話していても声が返ってくるわけでもない。今現在、周囲に人はいない。これはいわゆる、拉致監禁というやつに違いない。

 とにかく、現状をどうにかするためには自分が置かれている状況を冷静に判断しなければならない。どういう経緯でこうなったのか、覚えている限りの記憶を辿ることにする。

 朝。登校する途中で、見知らぬ男に道を尋ねられた。池袋という土地柄、そういうことは別段珍しいことではない。私は自分で言うのもなんだけど、他人から話しかけられやすい風貌をしている。これが静雄さんや臨也さんだったら誰も道を尋ねようなんてことはしないだろう。道を尋ねてきた男は人の良さそうな顔をしていた。私は、その男になるべく分かりやすく、丁寧に説明をした。しかし男は池袋に来たのが初めてのようで、説明をしてもあまり理解することができないようだった。男は何度もお礼を言いながら謝っていた。そのときの私には、男が本当に良い人に見えていた。幸いにも男の目的地は通学路の近く。多少の寄り道をしても大丈夫な時間だったので、目的地の近くまで案内をすることにした。
 …その判断が大きな間違いだったのだろう。いや、男の本当の目的を考えれば、そうしなかったとしても今と同じ状態になっていたのかもしれない。通学路を外れたところで、男が足を止めた。どうかしましたか?と振り向いたら、男は今までの人の良さそうな笑みを、不気味に歪んだものに変えていた。それを見た瞬間、この男は危険だと漸く気付いた。しかし同時に、もう手遅れだということにも気付いてしまった。

 ――粟楠会の赤林を、知っているな。

 その言葉には一片の疑問も含まれていなかった。男は、私と赤林さんの関係(どんな関係かと聞かれたら上手く言葉にできないような、微妙な関係に過ぎないのだけど)を知っていたのだ。
 私の記憶はそこで途切れている。多分スタンガンを使われたのだろう、体に走った衝撃だけは覚えている。

「うううう、最悪だ…。静雄さんにもセルティさんにも臨也さんにまで『危機感が足りない!』って耳に蛸ができるほど言われてるのにこんなことになるなんて。っていうか犯人の目的からして赤林さんに迷惑かけちゃうじゃないか。どうしようかなぁ。どうしたらいいのかなー…」

 携帯電話は鞄のなかで、その鞄は見当たらない。ダラーズという力も、電子機器が無ければ全く意味を成さない。丸腰の私は、どこまでも無力だ。
 ここはどこかの倉庫らしい。乱雑に物が積まれているところを見るに、廃倉庫と言ってもあながち間違いではない気がする。こんなところを誰かが通るとも思えないし、現状、僕にできることなんて何も無い。でもできるなら、赤林さんの足手纏いにだけはなりたくない。

 あまりの不甲斐なさに苛立ち、唇を噛んだところで倉庫の重々しい扉が開いた。どうやら、犯人のお出ましらしい。

「……私を攫っても、何も得しませんよ」
「漸くお目覚めか、子猫ちゃん」

 ああ、どうしてこんな胡散臭そうな男に一瞬でも油断してしまったのだろう。相手を睨み付けるが、効果は全くないらしい。男はにやにやと、笑っている。

「子猫ちゃんは赤林を釣るための餌なんだよ」
「…子猫って、何ですか」
「粟楠の赤鬼が最近ご執心の雌猫、だろう?」
「っ、」

 その表現は赤林さんと私の関係を表すのに相応しいのかもしれないと、一瞬だがそう思ってしまった。自分は赤林さんに首輪とつけられたペットのようなものだ。首輪を千切って逃げ出したり、飼い主に噛み付けば処理される。自由に見えて、赤林さんがその綱を持っているのだ。

「ええ、そうかもしれませんね。でも、私はただの飼い猫です。赤林さんを釣る餌には成り得ませんよ」

 赤林さんを釣る餌になるとしたら、それは茜ちゃんか園原さんだ。

「子猫ちゃんの見解はどうでもいいんだ。俺たちの計画のためには、粟楠の戦力を少しでも減らしたくてね。嬢ちゃんにはなんとしても赤林をここに呼び出してもらう必要があるんだ」
「粟楠会に何するつもりです!」

 男は私の質問には答えず、黒い携帯電話を投げてよこした。
 最近子供向けに作られた携帯で、設定された3件にしか電話できないものだ。ネットに繋げることもできない。

「何を…」
「それには赤林の携帯番号が登録してある。子猫ちゃんは、赤林に電話して助けを求めればいい。なるべく時間をかけて探してほしいんで、ここの場所は教えてやらないがな」
「馬鹿なことを!そう言われて、私が電話するとでも思ってるんですか!?」
「仮にも赤林の飼い猫だからそうはいかないだろうなぁ。だからこれには、嬢ちゃんとの駆け引きが必要になる」
「私は応じません」
「まあ聞きなって」

 男がにやりと笑う。今までで、一番おぞましい笑みだった。全身に鳥肌が立ち、思わず後ずさる。

「嬢ちゃんが赤林と電話できる時間は、その携帯の充電が切れるまで。まあせいぜい3分くらいかな。その間、俺はここから出て行ってやる。どんな手段を使ってもいいから、赤林を呼び寄せろ。それができなかったときは、俺と他数人が、嬢ちゃんを犯す。意味は分かるよな?」

 血の気が引く、とはまさに今のような状態のことを言うだろう。苛立ちで頭にのぼっていた血が一気に引く音が聞こえた気がした。女としての本能的な恐怖なのだろう、震えだす体を留めることができない。

「それ、でも、私は赤林さんの足枷になりたくないっ…!」

 悲鳴のように叫んだ言葉を受けて、男は首を傾げた。なぜだろう、その姿に一瞬、折原臨也や黒沼青葉の姿が重なる。

「よく状況が分かってないみたいだな」

 男が笑みを濃くした。それを見て、確信する。
 そう、この笑い方は、人をおもちゃのように見ている者がする笑い方だ。
 最低で、最悪で、卑劣で下劣な、他人のことを弄んで楽しむ奴等のそれと同じなのだ。

「別に、子猫ちゃんが電話しないなら俺が電話してもいいわけよ。でもそれじゃあつまらないだろ?だから選択肢をあげてるんじゃないか。嬢ちゃんが電話して、赤林に何を伝えるかは自由。でもその後、赤林がどう行動するかによって子猫ちゃんの運命が決まる。俺が電話するか、嬢ちゃんが電話をするか。さあ最初の選択肢だ。子猫ちゃんはどっちを選ぶ?」

 そんなの、選択肢なんてないじゃないか。





作品名:愛する者の剣と盾 作家名:神蒼