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NAMEROU~永遠(とき)の影法師

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【第三部・第四章 天ツ国の饗応】



僕はひとり、海底のワカメロードを歩いていた。
道幅は両手を広げた僕が悠々三人ばかしは立てるほど、且つ通りの両側には人気マンガのキャラクターを模したブロンズ像が互い違いに置かれてある。……つってもほぼ一反ワカメ一択なんですけどねッ! その一反ワカメもどー見ても某アレをもろパクリのデザインですよありゃ!
(……。)
――……まぁいいけど、僕の知ったこっちゃない、ちてきざいさん権何たらかんたらで訴えられるのはこの道を作った人たちであって、そこを通っている(通らされている)だけの僕に何ら責任は発生しない。俯いた眼鏡を押さえて僕はひたすらに歩いた。
水の中なのに少しも息が苦しくない。身体が濡れた感じもしない。このまま、この道を行って僕はどうなるのだろう、ふと僕は思った。
……渦に呑まれたあのあと、気を失っていた僕が意識を取り戻すと、円形状の白い砂浜のステージに倒れていた。その先にこのワカメロードが伸びていたのだ。
道から外れたところは真っ暗闇で、そのまま海溝まで続いていそうだった。だから、いま僕が歩いているところは正確には”海底ワカメロード”じゃなくて、切り立った嶺の頂にある”海嶺ワカメロード”なのかもしれない。
「……。」
――どーだってイイよ、どうせ僕は氏んだんだ、早く天国でも地獄でも(地獄行きになるようなはっちゃけはてんでやらかした記憶がないが)やっちゃって下さいよ、僕はずんずんつんのめるように足を早めた、
「わぁっ!」
延々続くかに思われたワカメロードが急に途切れて、目の前にまたあのスタート地点と同じ円形の、貝柱みたいなステージが現れた。横に看板が立ててある。
『お乗り下さい』
(……えー、)
――何なんだよ、僕は内心思いながらも渋々、というよりはほぼ事務的にステージに足を乗せた。どうせコレがエレベーターか何かになってんでしょーって、……やだやだ、RPGどっぷりの現代っ子の思想ですね。
案の定、乗り込んだ足下がガクンと揺れて、貝柱エレベーターが動き始めた。一瞬ふわっと沈んで、それから、すごい勢いでグングン上昇していく。ステージの周りには安全柵も何もない。僕は振り落とされないよう、這いつくばって床に伏せた。
上がってる、ってことは地獄行きじゃないんだよな、よかったよかった、僕はほっと胸を撫で下ろし……、――良かったのか? マジにリアルに天国行き確定なんスかボク?!
「――……、」
あまりの加速スピードに目も開けられない、この世の名残りを惜しむ余裕もない、ギュンギュン上がっていったエレベーターが、ポイッと、ストローの筒を飛び出したように違う空間に放り出された。しばらくふわふわ宙を漂っていた貝柱ステージが、ゆっくり地面に着地した。それきりウンともスンとも動かない。
「……。」
僕はあたりの様子を窺いながらそろそろと身を起こした。必死でステージにへばり着いていたので、肩やら腰やらがギシギシいっている。腰に手を当てながら背を伸ばしてみると、そこにはわりかしイメージに近い、天国の景色が広がっていた。
全体がふんわり綿菓子みたいな淡い桃色がかっていて、花だか蜜だかの甘い香りがして、……んー、でもその甘さがどこか縁日の夏祭りっぽいというか……、よくよく注意してみると、カルメラ焼きやらリンゴ飴だのお好み焼きソースやらのニオイも混じっている感じだった。
……ま、天国にだって縁日の祭りくらいあるよな、僕は気を取り直して貝柱から降り立った。
「――わっ、と、」
足下がマシュマロみたいにふわふわしている。逆にくじいたりして危なくねーかコレ、老婆心ながら僕は思った。天国に来てまでコケて怪我したくないってお客様の声を反映した結果なんだろうけど、やりすぎて逆効果、ってドコの世界でもあるもんだ、天国も例外じゃない。
「……、」
さて、これから僕はどこへ行けばいいんだろう、顎に手を当てて僕は考えた。
ここが天国の入口にしちゃ、パンフレットも何も見当たらないし、どうもサービス過多と不足の差がアンバランスだなー、しょーがない、とりあえず縁日のニオイのする方にでも行ってみるか、
「オイにーちゃん、」
「わあっ!!」
僕は眼鏡がズリ落ちそうになるほど驚いた。後ろからいきなり声かけないで欲しいよ全く、僕は眼鏡を掛け直してまじまじ声の主を見た。銀髪天パで半眼の、ぬぼーっとしたにーちゃん(とおっさんのボーダー上)が、かったるそーに腕組んで立っていた。ビミョーな特攻服みたいなヤツの上に片肌脱いで着崩した着物、そこにブーツ合わせて木刀下げて、何だか妙ちきりんな格好をしている。
「あの……、」
僕は思わず首を斜めに傾けた。
「もしかして天使さん、ですか?」
――ハハハ、そんなまさかな、言いながら自分でも信じきれない気分満載だった。こんな駄天使が天使でまかり通るなら、天国全体のサービスレヴェルもたかが知れるというもんだ、
「あぁ?」
にーちゃんが心底メンドくさそーにメンチを切った。
「何寝ぼけたこと言ってんだ、俺はただのポン引……、居酒屋コンシェルジュでございますっ☆」
後半、あからさまな作り笑いを貼り付けてにーちゃんが言った。
「居酒屋?」
僕は訊ねた。
「ボク、未成年なんでお酒とかはちょっと……」
「未成年のボクちゃんのためにはママのホットミルクコースもございますのよっ」
――おーほほほ、さぁ行きましょう行きましょう、一名様ごあんなーいっ、にーちゃんは僕の着物の首根っこを引っ張ってマシュマロ通りをずんずん進んでいく。
「あのっ、ボクまだ行くとか何にも決めてないんですけどっ」
「ヘーキヘーキ、どーするかなんて行ってから決めればいいんだからネッ」
せめてもの僕の抵抗はあっけらかんと一蹴された。
……思えばあのとき、どうしてもっと全力で反抗しなかったのだろう、初めての天国で、右も左もわからない、不安で心細くて、そこにちょっと上から強めに出られて頼もしい、とか思っちゃったのかなぁ……。いずれにせよ、僕はあの日の僕のことを完全には責め切れない。