僕と肋骨と蛇のバロット
「巫女ってのはホントに、大変だよね」
はー。溜め息を吐いてタクトが言う。放課後。夕暮れ。オレンジの海。はー。もう一つ溜め息を吐いて、タクトはまた口を開いた。
「禊とか儀式とか回りの目とか期待とかゼロ時間とかホント、良くやるよ」
そう言って此方へタクトは肩を竦めて苦笑して見せた。ワコの家の縁側。禊を行う彼女の帰りを、僕らは待っている。
「まあきっとワコに訊いたら、別にこんなのフツーだよーとか言うんだろうけど」
「そうだな」
タクトに頷いて返しながら、僕はワコが禊をしている方を見た。きっと彼女は今も、島のために祈っている。…何故か、胸がちくりと痛んだ。
「心配?」
「何が」
「何がって、ワコが」
「そりゃあね。ある程度は」
「許嫁だし?」
「妬いてる?…どっちに?」
「ちょっとちょっとちょっとちょっとスガタさんまで一体何をおっしゃられてるんですか!?」
「冗談。でも王子様、ワコのことはもらってやってくれないと困るよ」
「王子様ってガラじゃないしまず君は婚約者でしょ!あとワコを物みたいに言わない!」
「21世紀に恋愛は自由だろ?」
「あのね……」
タクトはまた溜め息を吐いた。幸せが逃げていくぞ…ってまあ僕らのせいなんだろうけど。
「てかさ、前から訊きたかったんだけど…」
「何?」
僕は首を傾げて見せた。タクトは僕をじっと見つめて、…しかし僕が見つめ返すと目を逸らした。さっきまでにぎやかだった僕らの間に、急に沈黙が落ちる。言い掛けてやめられると言うのは、すごく気持ちが悪い。無理にでも言わせたいような、逃げ出したいような気まずさ。タクトはまだ躊躇っているようだった。
僕が続きを諦めかけ、話題を変えようかと思い始めて、やっと――……タクトは覚悟を決めたように僕を見据えた。…君って、もしかして、さ、
「ワコのこと嫌いなの?」
「で、なーんでキミ達は急に大人しくなっちゃったのかな?」
「別に」「普通普通」
「普通じゃないから言ってるんでしょーがっ!」
「暴力反対」「イッツアパーンチ!」
「うるさい!」
禊を終えて制服に戻ったワコが、僕らを見つめて溜め息を吐いた。後ろ向きに歩くと転ぶよ、と言う僕の忠告をぴしゃりと跳ね退けて、ワコは後ろ向きに先を行く。
「禊するちょっとの間で、どうして喧嘩するかなあ…」
「ワコ、幸せが逃げていくぞ」
「だまらっしゃい!誰のせいだ、ゴルア!!」
もう!ワコは苛立った息を吐いて、じろりと僕らを睨んだ。大袈裟に後ずさるタクトと、降参、と手を挙げる僕。ワコは暫く僕らを睨んでいたが、結局は笑っておうように頷いた。
「しょうがない。事情は後でゆっくり聞いてやろう…とりあえずまあ、当初の予定通りきっちゃてんだ!あそこのケーキのために生きてるよ私は!」
「太るよ?」
「だ!ま!ら!っ!し!ゃ!い!!!もう!今日はタクトくんの奢り!」
「イッツアピーンチ…」
大袈裟に項垂れて見せたタクトをワコはまた笑って、そして今度は僕の方を見た。企むように笑って、僕の腕へ拳を軽くぶつけた。
「やったねスガタくん!」
にっと歯を見せて笑う顔は、昔と全く変わらない。僕はワコに笑い返し、……しかし足を止めた。ワコがタクトが、少し遅れて足を止める。若干の沈黙のあと。
「ごめん。僕は帰るよ」
「えっ」「えっーー!?」
「二人で楽しんできて」
調子悪いの?なんて彼女の問いを曖昧な笑みで誤魔化して、僕は二人に背を向けた。タクトとワコ、二人の視線を背中に感じながら、僕は頭で先程の問いを――答えられなかった問いを――反芻していた。ワコのことが、僕は嫌いなのか。…馬鹿げている。嫌いな訳がない。愛しているとさえ言ってもいい。彼女のためになら、僕は命だって差し出せる――……
だから僕は彼女と一緒になれない。
「僕は出ていけないんじゃない。出ていかないんだ」
彼女の手をきつく握り返して、僕は言った。彼女が不思議そうに僕を見上げた。
「スガタくんは知ってたの?」
「ああ。そうだ君が出られないことも僕が出られないことも。でもそれももう終わる。君は島を出る。僕が出してみせる。誰を利用しても誰を殺しても」
彼女はまだ暫く不思議そうな顔をしていたが、やがて表情を消して海を眺めた。さざ波の音だけが、僕らを満たす。…ぼくは、
「僕は君の王子様にはなれない」
作品名:僕と肋骨と蛇のバロット 作家名:みざき