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楽欲 -ぎょうよくー

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――――ZORO Side―――――

ゾロは一人,倉庫にいた。
鬼徹を抜いて,自分の前に掲げ,正対する。
鬼徹の刃には,サンジの血がこびりついている。
カタカタカタ・・・と,相変わらず,ゾロの手の中で鬼徹は震えていた。
こびりついた血が,すっ・・と音もなく刃に吸い込まれ,刀がぼうっと妖しい光を放つ。

もっと・・・もっと・・・もっと・・・もっとモットモットモットモットモットモット

鬼徹が激しく,ゾロの手の中を暴れだした。
「・・・・うるせぇ!!!!!」
とてつもなく大きな声で一喝する。
外で,様子をうかがっていたウソップが,びくっ!と跳ねた。
ピタっと鬼徹の動きが止まる。
「・・・ったく,しょうがねぇなぁ,お前ってやつは・・・」
ふうっとため息をつき,ゾロはあぐらをかいて腰を下ろした。
鬼徹を目の前の床に突き立てる。
両手で柄を握ったまま,ゾロは静かに目を閉じた。

ゆっくりと,鬼徹に意識をよせる。
ゆっくりゆっくり・・・深く深く・・・
鬼徹の世界へと,潜り込んでいく。
やがて・・・周りが真っ赤に包まれ・・・
目を凝らすと,真っ赤な世界の真ん中に,一人の女の姿が見えた。
妖艶な色香を放つ,着物をはだけた女。
よく見ると・・色香に惑わされてしまいそうだが,年はまだ若い。
12,3ぐらいだろうか。
その女が,気だるそうな,しかしどこも見ていないような目を向けて,口を開いた。
「おまえ・・・きたのか・・・。」
「ああ。」
「なんで怒っている・・・?おまえの望みを叶えてやったというのに。」
「俺の望みだと?」
「そうだ。おまえは,きんいろが斬りたくて,仕方なかっただろう?」
「・・・ふざけるな」
「オレはおまえが好きだ。だから,おまえが望むことを叶えてやった。」
「・・・違う。」
「オレに嘘をついてどうする?おまえは,きんいろの血が欲しかっただろう。」
「・・・それは,お前だろう,鬼徹。」
「おまえはオレで,オレはおまえだ。おまえの望みはオレの望み。オレは,おまえの望みを助けてやっただけだというのに。」
どうして怒られるのかわからない,というように,淡々と鬼徹は言葉を紡ぐ。

・・・俺の,望み?
コックを,斬ることが?
・・・・いや,違う。
俺は・・・コックを・・・

そこで,はたと気が付いた。

そうか。
俺は,あいつが欲しかったのか。
あのプライドの高いあいつを,俺の物にしたかったのか。
だからか・・・だから,コイツは俺の欲望に同調して,「斬りたい」と言っていたのか。
斬って,血を吸って,自分の一部にしたかったのか・・・

・・・全ては,自分が未熟だったせいだ。
未熟な精神力,未熟な剣術,未熟な強さ。

スっと自分の中から怒りが引くのを感じた。
「そうだ。自分が望むものに正直になればいい。きんいろ,きんいろのことで,おまえの頭はいっぱいだ。はやく,オレにもきんいろをよこせ。きんいろの血をよこせ。」
「うるせぇ,黙れ」
これでもかというぐらいのすごみを効かせて,鬼徹を睨む。
流石の鬼徹も,ほんの少したじろいだ。
「・・・確かに,お前の言うとおりだ。俺は,あのコックが欲しい。」
ザワリ,と鬼徹が気配を広げる。
「だがな!」
すかさず,気配を遮る。
「俺は,斬りたいんじゃねぇ。斬らねぇ方法で,あいつを手に入れてぇ。俺も,どうしていいか,まだわからねぇけどな・・・」
「だったら,簡単だろう。斬ってしまえばいい。そうすれば,誰にも渡らない。永遠に,きんいろは,おまえの物だ。」
鬼徹の誘惑は,とても甘美に聞こえる。
甘い・・・甘い・・・・・・
「・・・だめだ!!」
意識を,少しでもゆるめると,鬼徹に引きずられそうになる。
鬼徹のホームなんだから当然か,と思ってから,どっちが主人なんだか,と苦笑した。
「俺はお前,お前は俺だ。なら,お前はわかっただろう?あいつを斬っちまった時・・・俺は・・・喜んでいたか?」
「・・・・」
鬼徹は,感情のない目で,じっと自分を見つめる。
「・・・あれを,何ていうのか,オレは知らない。おまえ・・・あの時・・・ずぶ濡れになってた。暗い,深い所にいた。」
「・・・そうだ。それを悲しいっていうんだ。」
「カナシイ・・・?」
鬼徹には,こういう類の感情が理解できないのかもしれない。
・・・仕方ない。斬るために産まれた妖刀が,「悲しい」なんて思うわけない。
何もない空中を見つめていた鬼徹が,ぽつんと口を開いた。
「でも・・・」
「?」
「ずぶ濡れのおまえは嫌いだ。見たくない。」
「・・・そうか。」
「きんいろ,斬ったら,おまえ,ずぶ濡れになるのか?」
「・・・ああ,そうだな。」
「それは嫌だ・・・。でも・・・きんいろ・・・欲しい・・・・」
まったく・・・駄々っ子をあやすのは大変だ。
そこで,ひとつ,交換条件を出してみることにした。
「コックを斬らせてはやれねぇが・・・そうだな・・・コックにお前を触らせてやる。それで我慢しろ。斬ったらタダじゃおかねぇがな。」
鬼徹の目が,一瞬ギラついた。
あぁ・・・しまった。
こいつ,絶対たくらんでやがる。
交換条件に失敗しちまったか?
最後にもうひと押し,とばかりに,続けざまに言葉をつなげる。
「いいかテメェ・・・次にコックを傷つけたら,どうなるかわかってんだろうな?もう二度とテメェを使わねぇぞ・・・もう誰の血も吸わしてやんねぇ。俺も,お前のことは気に入ってんだよ。・・・暴れられなくなったら,困るだろう?」
ニヤリ,と凶悪な笑みを浮かべると,とたんに鬼徹はうろたえた。
「・・・それは・・・困る・・・。わかった・・・きんいろ斬らない。だから,オレを使え。オレに斬らせろ。オレに血をよこせ・・・」
「よし・・・。いいな,約束だ・・・。」
「ああ・・・きんいろ,斬らない。やくそく・・・」
鬼徹の言葉を聞いて,ふうっと息をつくと,急に浮上していく感覚が感じられた。