すべてをゆらして
待ち合わせ場所のコンビニで水谷は適当な雑誌を読んで暇をつぶしていた。もうそろそろか、とポケットから取り出した携帯電話で確認した時刻にまた悲しくなっていると、大きなモップを引きながら店員が「すいませーん」と言い、自分に道を開けるように示唆した。
(まだ二十分もある……)
水谷はなんとなく気まずくなり、読んでいた内容など何一つ頭に入っていない雑誌を戻すと、ぐるりと店内を歩き、デザートが陳列されている冷ややかな棚からシュークリームを二つ選んで買った。
外に出ると空はコンビニに入った時よりも確実に西に傾き、わずかに朱に染まって水谷の影を伸ばす。
栄口と一緒にいる時間は早く過ぎ、そうでない時間は異様に長く感じる。栄口と付き合う前の自分がどういう時間の使い方をしていたのかわからないし、思い出せなかった。
『つきあおうか』
実際のところ、そう言った栄口の本当のところは分からなかった。同情だけで好きでもない男と付き合うなんてことは水谷にはできなかったので、それ以外の何らかの感情を栄口が持っていることに期待した。
とりあえず二人の関係は良好で、普段どおり話したり、それで笑ったり、そんな中でも栄口にとって自分は特別だという実感は水谷を幸せにさせる。
待ち合わせの時間ちょうどに栄口はコンビニに着いたが、いつも立ち読みをしているはずの水谷が見当たらなかった。店内を一周したあと、遅刻かなと思った栄口は外に出て携帯を取り出した。淡く光るディスプレイの画面からその名前を探していたとき、ふと視線を上に向けると水谷はそこにいた。
今が盛りといわんばかりにざわざわと花を咲かせている、つつじの生垣の根元にしゃがんでどこかを眺めていた。彼の足元にはいくつかの花弁が朱を落として散っていた。つつじの淡い朱色と、夕陽の色と、照らされた水谷のシャツの色がびっくりするほど同じで、栄口は少しだけ見とれてしまった。
「お前なんでそんなとこ座ってんの」
「……う、わっ! さかえぐち?」
「生えてるのかと思った」
よほど不意打ちだったのだろう、水谷はそのままバランスを崩して朱色の茂みに後頭部を突っ込んだ。ああもう、と差し伸べた手から伝わる体温は冷たく、多少なり待たせてしまったことを知る。
「生えてるって何?」
「その後ろの花から」
「これなに?」
「……つつじだよ」
花は桜とチューリップくらいしかわかんないなぁ、並んで歩きながら水谷は笑い、あ、でもあれはわかる!タンポポだ!と得意げに路肩の黄色を指差した。
(ほらみろ、ガーデニングがなんだっていうんだ)
誰に提案するでもなく、栄口はひとり心の中でつぶやいた。