すべてをゆらして
暑い。黙っていても皮膚がじっとりと汗をかき、したり落ちる水滴がわき腹を伝う感覚がとても不快だ。どこからか聞こえてくる名前も知らない蝉の大合唱が頭の中にわんわん響く。
僕と水谷との世界を変えた公園で、僕はなぜか木陰のベンチに水谷とまた二人で座っている。
隣の水谷は坂の下のコンビニで買った棒アイスを食べている。あまりの気温の高さにアイスがどんどん溶け、食べるペースが追いつかない。口をつけたらそこ以外のところからアイスはどろどろと流れてゆく。
とうとう棒から垂れた白い液体が水谷の手をつたい、ズボンに白い斑点を落とした。
やば、慌てて水谷が染みをぬぐおうとすると、残ったアイスはずるりと傾き、棒から離れてしまった。
地面へ落下したアイスを名残惜しそうに見つめる水谷のあごを上に向かせ、僕は水谷にキスをした。唇に少しアイスの白が残っていたのを丁寧に舌でなぞったら、くすぐったかったのだろう、水谷は少し身をよじらせる。
ペトペトした水谷の指が腕を掴む。唇も冷たかったけれど、口の中は、舌は、もっとひんやりしていて、むせ返るような甘いバニラの味がする。
水谷はアイスを食べた、僕は水谷を食べている。
組み伏せたベンチの下に落としたアイスが見える。アイスはその原型を無くしながら溶けて地面に白を広げる。
白が、広がる。
広がって僕を水谷を、ベンチを木を青空をすべて塗りつぶしてゆく。
突っ伏した頭を起こし慌てて時計を確認すると、さっきから五分しか経っていなかった。 (うわうわうわ、すごい熟睡してた)
栄口はまだ信じられずに黒板を見たが、確かに板書は最後に確認したときからそのままで、今は指名されたクラスメートが教科書を朗読していた。薄く霧がかかったような頭の中と妙に凝っている肩からして軽く三十分は寝てしまった気がした。
プールの後の授業はなんだか疲れていてよく居眠りをすることはあったが、あんなはっきりした夢まで見たのは初めてだった。
クラスメートが文章をなぞるたどたどしい声に安心し、徐々に通常へと意識を戻す栄口はそこで初めて自分の身体に起きている異常に気がついた。
(熟睡してたから、だ。五分だけだけど)
見た夢が夢だけに、栄口はそう思い込もうと必死になった。
夢なのに水谷の感触が生々しく残っている。まさか、最近やたらキスされるからだろ? 昨日の帰り道もしたし。さっきも会って話したし。
そういうふうに理由付けて全部水谷のせいにしてしまいたかったが、夢を見たのは誰でもない、栄口自身だった。
水谷が病に侵されていくのを傍観していた。若いなぁなんて他人事みたいに。しかし自分にも病は気づかないうちに伝染し、蝕んでいたことを知った。
額を乗せていた腕へついた赤い跡を指でなぞると、未だぼんやりとしたその感触までも水谷を思い起こさせる。
思い出すように噛んだ下唇はかすかにバニラの匂いがするような気がした。