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すべてをゆらして

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 栄口の予想通り、水谷は昼休み一組にやってきた。今日は弁当がないらしい。コンビニに行きたいんだけど、そう提案した水谷について校舎から出たら、空は今にも降り出しそうな雲をたたえていた。午後の練習まで持つかどうか怪しいところだ。
 並んで歩く水谷がさっきから指を触って、何か伺うように離す。手を繋ぎたいんだろう。水谷が緊張しているのを感じた栄口はそっちの方に向けられた意識を逸らしたくて、プールの後の授業で起きたことを当たり障りのない範囲で話した。
 「オレさっきお前の夢見たよ」
 「えー! えー! どんな?」
 「アイス食ってた」
 それだけの事なのに、水谷はやたらと嬉しがった。
 「そんなはしゃぐことかぁ?」
 栄口が少し呆れ気味に返すと、水谷はニヤニヤしながら、だって俺はよく栄口夢に出てくるもんと言い、その流れでとうとう手に触れ、掴んだ。
 「ちょ、やめなってば」
 昼間だし学校だし人いるし。続けようとする言葉はいきなり走り出した水谷によってその行き場を失った。
 「やーだよー」
 頬を赤く染めているのが後ろからも確認できる。強く掴んだ手の先、水谷は栄口をぐいぐい引っ張りコンビニへと走る。部活のダッシュより全力疾走している気がした。どんどんきつくなっていく呼吸に息が上がる。
 水谷はオレを好きすぎてそのうちおかしくなっちゃうんじゃないかな。
 栄口がそう思ったのは、振り向いた水谷のずいぶん浮かれた笑顔を見たからだった。
 五時間目が中頃まで過ぎたあたりでとうとう雨が降り出した。栄口は今の時間プールの授業をしている水谷を気にかけ、その後にたいてい変な癖がつく髪形を思い浮かべて少し笑った。
 結局雨は止まず、今日は室内練習ということになった。その制約のある場所ではできることも限られていたし、トレーニングルームは他の部活に使われていたので、いつもよりだいぶ早い終わりとなった。そのころには雨は小雨になり、グラウンドに数ヶ所大きな水たまりができているのが見えた。明日のグラ整は大変そうだ、栄口はそう思いながら部室を後にした。隣を歩く水谷は、プールの後のくせっ毛がさらに練習で帽子を被ったので、いつもより独創的な髪型をしている。
 「変な髪形」
 「ヒトゴトだと思ってぇ」
 「漫画に出てきそうな感じだな」
 髪型がうまく決まらないせいか水谷の機嫌が良くない。
 「梅雨が終わったと思ったらこれだもん、やんなっちゃうなぁ」
 そうつぶやいた水谷の髪の毛を、歩みを止めて栄口が触る。
 「本当だ、なんでこんな変な癖がつくの?」
 髪をすく指の感触が、ざわりと本能を呼び起こす。してはいけない期待をしてしまう。視界の端で動く栄口の腕を無理矢理まとめ、衣服を脱がせてその肌に触りたい。
 そんな考え事をしていたから、無意識にその右手を掴んで身体を引き寄せようとしていた。目を合わせた栄口は眉間に皺を寄せ水谷を睨んでいる。
 「ご、ごめん」
 「……」
 どういうつもりだとは聞けなかった。栄口はなんとなく水谷が自分を欲しがっているのを分かっていたから、もし迂闊にそういう質問して、水谷が返すであろう言葉にどういう反応を返したいいのか悩んでいた。
 (やらせてくれ、って言われたらどうしよう)
 水谷もまたこれ以上言葉を続けるとボロが出て、いつもの余計な一言で栄口を怒らせるのが怖かった。
 (やらせて、なんて言ったらしばらく口きいてくれないよなぁ……)
 膠着状態の二人に突然雨が降り出したのはそれから十分後のことだった。 
作品名:すべてをゆらして 作家名:さはら