すべてをゆらして
独り言のつもりだった。栄口に告げるつもりなどないことは何度も心の中で繰り返した愚問だった。うっかり漏らした自分の本音はこの轟音がかき消してくれると思っていた。
しかし何か言おうとして凍りついたままの栄口の表情を見たら、走る電車が打ちつけてくる向かい風と共に、自分は取り返しのないことをしてしまったのだと思い知らされた。
音は徐々に細まって電車は遠くへ消え、警音がぴたりと鳴り止むと、遮断機もその道を明け渡した。
「いや、俺はやっぱり四番がー……」
なかったことにして話をつなげようとしてもまったく意味を持たなかった。水谷の首筋をピリピリとした何かが降りていく。
透明で手を伸ばせばすぐ届くものが、ひどく濁って手ごたえのない鈍いものになってしまった。今の事態は水谷が幾度となく頭の中でシミュレーションしたことのある、最悪のものだろう。
水谷がとにかく何か喋ろうと口を開く前に栄口は自転車に乗り、まさか壊れているとは思えないほどのスピードで線路の向こうに行ってしまった。
追いかけることなどできなかった。追いかける資格や義務がないとかじゃなくて、これ以上自分が傷つくのが耐えられなかった。
立ち尽くす水谷の頭へにまた遮断機が警音とともに降り、先程とは逆方向から同じ電車が通り過ぎるのを見て、時間が戻ったのではないかと錯覚したけれど、その横にはもう栄口はいない。
これは夢で、ずっとここに立っていればいつか朝になって目が覚めてまた同じ毎日がやってくるんじゃないか。しかし夢にしてはあまりにも残酷でリアルすぎた。
栄口が駆けていった線路を渋々渡り、家への道を歩く途中、二回ほど犬に吠えられた。本当に泣きそうになった。
空を仰ぐと、どんよりとした浦和の夜空にかすかに星が光っていた。栄口は無事に家に着いただろうか。自分の告白を聞いたときの、栄口の強張った表情を思い出し、水谷は深いため息をついた。