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すべてをゆらして

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 それから一週間が過ぎていったけれど、水谷は栄口に対して気味が悪いくらいいつもどおりだった。まるであの日の告白がなかったかと思うほどだった。
 「なにさ栄口」
 ほらこんなふうに。でも栄口は水谷が時々泣きそうになり、それを堪えているのを知っている。知っていてもどうにもできないのだけれど。
 「次見せてよ」
 「俺読んだらねー」
 そう言って水谷は誌面へと目線を戻す。お互いいつもどおりの二人に戻ったかのように見えた。
 しかし水谷は未だに栄口を好きだった。代わりとなるような好きな人もできていなかった。ふりだしに戻ったとはいえない、もう死んだ恋をたったひとりでしている。また泣きそうなってしまう自分の顔を週刊マガジンで隠し、自分は幸せなほうだと言い聞かせる。
 だって、まだ友達なのだから。
 「あれ? お前自転車は?」
 「今日は無い日みたい」
 水谷の自転車を盗んでいった犯人は自転車を使う日とそうでない日があり、部活が終わるまでそこにあったら水谷が乗って帰り、なかったら水谷は歩いて帰るという不思議な共同利用をしているらしい。泥棒が泥棒なら持ち主も持ち主だ、と呆れた栄口の自転車は結局買い直したほうが安く済むということで、今週末に買いに行くのだという。
 そんな出来事がとても昔のことのように感じてしまうのはなぜだろう。
 くだらない話をしながら家路を歩く。灯りはじめた街灯がポツリポツリと行く道を照らす先に、この前の踏み切りがまた閉じているのが見えた。
 「……水谷?」
 あの日と同じように遮断機によって道を塞がれ、交互に瞬く赤い光に照らされる栄口と水谷がいる。思うことがあった栄口が隣を覗くと水谷は顔に緊張感を湛えていた。思い出しているのだ、あの日のことを。
 呼びかけに返事はなく、二人の間で固まってしまった空気に容赦なく警鐘が打ち付けられる。警笛が耳に響き、風が吹きぬけていく。電車の色も窓の明かりもすべてが線状に伸び、数回の瞬きのうち奥へ流れた。
 遮断機の棒に巻きつく『とまれ』と書かれた旗がゆっくりと上がると同時に一歩踏み出したが、水谷はうつむきそこに立ったままだった。
 不審がった栄口が名前を呼んで近づくと、水谷はなおうつむいて地面にはたはたと涙を流していた。前髪が顔を隠していたが、誰が見たって泣いているのは明らかで、まさかそうなると思っていなかった栄口はその反応にたじろいだ。
 いや、ほんとに、だいじょうぶ、なんともないから、なんて泣きながら言われても全然説得力がなかった。本当に大丈夫なら、こんな往来で男子高校生がぼろぼろ泣いたりしないだろう。ずびずびと鼻をすする水谷に栄口は持っていたティッシュを差し出した。
 つまりは水谷が悩んでも、それに耐えられなくて泣いても、俺にできることなんてこれくらいしかないのだ。そう思うと栄口まで泣きそうになってしまう。
 (この気持ちは何なんだろう)
 泣く水谷にかける言葉は思いつかなかったが、また電車が来そうな気配がしたので、栄口はその手を取って近くの公園へと連れて行った。
 日が沈んでしまった後の公園は昼間の喧騒とは打って変わって静かで、幸いにも他の誰かがいるような気配もなかった。二人でベンチへ腰掛けたけれども、まだ水谷は栄口が渡したティッシュで涙をぬぐっていた。
 通りすぎる車のライトが公園の樹木の影を伸ばしたり縮めたりする様子をぼんやりと眺め、栄口はしばらくしたあと水谷に尋ねた。 
 「お前さぁ、あの時俺もお前のこと好きだって言ったらどうするつもりだったわけ?」
 「……つきあってくださいって言おうと思ってた」
 水谷が少し顔を上げ、ぼそぼそとつぶやく。涙で濡れた髪先がほほに貼り付いている。その答えにまたげんなりしてしまった栄口だったが、ここで何とかしないと水谷は泣き止まないだろうと思い、言葉を続けた。
 「俺、つきあうってよくわかんないんだけど、具体的にはどんなことするわけ?」
 「え、それはー……一緒に帰ったり、休みは一緒に遊んだりー……」
 「今とあんまり変わらなくないか?」
 俺はてっきりもっとえぐいことを言われるかと、と肩の荷を下ろして栄口がため息をつくと、水谷は堰を切ったようにぼろぼろと涙をこぼすものだから、これはしてはいけない質問だったか……と配慮の足りない自分を責めた。
 「つか、ごめん。俺ダメなんだな、やっぱり」
 鼻をかんだあと水谷はそう謝り、俺もこんなに栄口を好きになるつもりはなかったんだけどねぇ……と地面へ吐き出した。それがあまりにも申し訳なさそうに言うものだから、栄口は何でお前が謝るのと聞き返した。だって気持ち悪いでしょ、俺も栄口も男なんだし。
 もっともすぎる意見だった。
 すべてをあきらめたかのようにべンチから足を投げ出し、水谷は顔の周りを手で扇ぐ。その足の白いスニーカーがもう暗い公園の地面にやたらまぶしかった。
 「……暑いの?」
 「こうすると涙が乾くのが早くなるかなーと思って」
 かっこわるいなぁ、ほんとにごめんなぁ、水谷はそう続けた。ひらひら動く水谷の手のひらを見たけれど、乾きが早まるとはとても思えなかった。思えないのだけれど。
 「水谷」
 「なーにー?」
 いつもの気のぬけた声を返して水谷はまた無理をする。
 これが愛だの友情だの、もうどうでもいいのであって、お前が俺を好きならそれでいいじゃないか、水谷が水谷なら何の不足があるだろう。……ないじゃないか。
 「つきあおうか」
作品名:すべてをゆらして 作家名:さはら